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 なんだろうか、この感覚は。
 くすぐったいような感覚に囚われて後ろ首に手を添えれば、すぐ後ろから別の視線が突き刺さるのを感じ取った。
 痛みを伴うこれは、間違いなくリースのものだ。

「言われてみれば、確かに違和感は感じます。……灯りは諦めた方がいいようですね」

 この先空気がある場所など、到底期待できるはずもない。できる限り無駄な酸素を消費しないように気を遣いながら小声でそう言ったライナは、ポーチに小瓶を収めて困り顔をした。
 シエラはふよふよと浮かんでいるテュールを抱き寄せ、ほの白く発光する尾の先を道に向ける。見下ろせば左右異色の瞳とぶつかって、自然と微苦笑が零れた。
 もちろん不安だ。なにがあるかは分からないし、確実に死と隣り合わせの状況に置かれている。
 怖いのに不思議と大丈夫だと思えるのは、きっと一人ではないからだ。
 手の届く場所に誰かがいて、そしてその者は必ず優しい声で自分の名を呼んでくれる。彼らは――エルクディアとライナは、決して自分を裏切らない。
 シエラの中で、確固たる信頼が深く深く根付いていた。
 それは王都にやってきたときには、まったく持っていなかった感情だ。
 今のような闇の中、松明を掲げたエルクディアが深くこうべを垂れたのを鮮明に記憶している。背筋をしゃんと伸ばして、真っ直ぐに見つめてきたライナの姿が今でも綺麗に蘇ってくる。
 けれどそのときにはまだ、彼らに命を預ける気などさらさらなかった。

 守られるだけの存在は嫌だ。だから、彼らを守りたいと思う。
 初めはただ、自分のために死なれるのが目覚めが悪くて嫌なだけだった。
 しかし今は違う。今は、自分が彼らと共にありたいから、守りたいと思うのだ。
 出立前、準備を手伝ってくれた侍女が「シエラ様、随分とお変わりになりましたね」と笑顔で言ってきたことを思い出す。そのときはなんのことだか分からなかったが、今ならばそれが分かる気がする。
 ほんの少し、考え方が変わった。気持ちも変わった。だから、それが表に出てきたのだろう。
 そしてこの変化は、悪いものではないのだと思う。
 きちんと目を背けずに前を向けるようになったのは、彼らのおかげだ。――それは決して、彼らには言わないけれど。

「とりあえずこのまま進んでみよっか。この気泡がダメになる前にクレメンティアが結界を引き継いで、それから順番に交代していけば大丈夫だよね」
「やってみます。テュールの体力がもてばいいんですけど……」

 平気だと言うように光を強めたテュールの口に、シエラは藍玉(アクアマリン)を放り込んだ。



 アビシュメリナには地図がない。
 探索は、遺跡に詳しいシルディの経験と勘だけで行われていた。一見頼りなさそうだった王子は見違えるほど表情を改め、用意していた紙に進んできた道の構造を書き加えていく。
 そうして簡易的な地図を作りながら、彼はおおよその見当をつけていった。
 遺跡内を進むこと、一時間ほど。途中階段をさらに下り、食堂のような場所を抜け、そうして一行は大回廊と呼ぶに相応しい場所へと辿り着いた。
 天井は今までのものよりも遥かに高く、見上げた先には光が届かない。だがテュールが生み出す光が一際強くなったときに限り、彫り込まれた紋様がぼんやりと確認できた。それは複雑で、どこか神秘的な風合いで水に溶けている。
 足元では、溜まった砂が歩くたびに渦を巻いて砂煙を上げた。
 無駄な会話を避けているため、辺りはしんと静まり返っている。歩き続けても目的地に向かっている手ごたえすらないせいか、彼らの雰囲気は決して良いものとは言えなかった。

「ええと、知ってる? こういう遺跡ってね、結構仕掛けが多いんだよ。踏んだら両側から矢が飛び出してきたりだとか、ごろごろーって岩が迫ってきたりだとか。あとは水攻めとか!」

 場を和ませようとしているのか、シルディが突然口を開いた。ライナが呆れたと言わんばかりにため息をつく。

「物語の読みすぎですよ。そんな仕掛けが今でもあるはずないじゃないですか」
「そもそも、水に沈んでいるのにどうやって水攻めをする?」
「二人とも、冗談だと分かってやれ。王子が折角気を利かせてくれてるんだから」
「え、あの……冗談、じゃなかったんだけど……な」
「え!?」

 二人を宥めていたエルクディアはそう告げられ、驚愕のまなこでシルディを振り仰いだ。失言に口を覆う彼を見て、リースが冷たく「馬鹿が」と言い放つ。
 和むどころかより険悪になっていく気泡内の空気に、ひやひやとしているのはテュールだけだった。
 小さな竜はシエラの腕の中で不安げに左右異色の瞳を彷徨わせ、弱りきった子犬のようにきゅうと鳴く。



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