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「ご報告申し上げます」

 煌びやかな宝石をあちらこちらに縫い付けた男は、豪奢な椅子に腰掛けながら興味なさそうに臣下を見た。

「王都に動きがあった様子。アスラナ王国より参った使者が、末の王子殿下と共にディルートよりアビシュメリナに向かったとの情報が」
「……アスラナからの使者?」
「はい。なんでも、神の後継者と神官、それから王都騎士団の総隊長が護衛で同行しているとのことです。なお――」

 言葉の続きは男の手によって封じられた。臣下はこうべを垂れて口を噤み、ただひたすらに彼の言葉を待っている。
 窓の外に広がる空はどこまでも青く、海との境は区別がつかないほど澄み切っていた。
 白い波を見つめて男は楽しそうに笑い、指三本分の分厚さもある赤い絨毯に組んでいた足をとん、とつけた。

 動くたびに音がしそうな宝石の衣は確かに男に似合っていたが、彼のすぐ下の弟から言わせれば「悪趣味」なのだという。そのまた下の弟は、下手な愛想笑いで「お綺麗です」と褒めていた。
 ああまったく、見た目も性格も全然似ていない兄弟だ。
 男は自らのことも含めてそう呟き、窓辺に移動して意味もなく二度ほど窓を叩いた。窓を押し開ければ、岸壁に波の打ちつける音がはっきりと聞こえる。

「ねえ、グイード。愛しい末弟にはいつ会えるかな? しばらく見ていないから、随分と大きくなっているんだろうね」
「……は。ご立派に成長なされたと耳にします」
「それは楽しみだね。なら、父上は元気かい?」
「先日も馬上槍試合を開催なされたとか。お元気でいらっしゃいますが、少々腰痛に悩まされておられるようです」
「そう。それは心配だね。なら今度、腰痛によく効く薬を贈ってあげよう。グイード、君は薬を調合するのが得意だったろう?」

 男は跪く臣下の目を真っ直ぐに見つめ、笑ってそう尋ねた。臣下は一拍の間も置かず、はいと答える。それに満足げに頷いて再び視線を窓の外に向けた男は、たなびく前髪に目を細めつつ潮の香りを肺に満たした。
 ぽとん、と小さな音を立てて袖口の宝石が絨毯の上に落下する。視線を落とした男は、なにも言わずに口端を吊り上げた。

「赤虎目石(レッドタイガーアイ)……運命の破壊と創造、か。グイード、あとで拾っておいてくれる? 君にあげるよ」
「ありがたき幸せ」

 くすくすと笑いながら部屋を出て行った男の背を見送り、臣下はほっと息をついた。絨毯の上に置いていかれた宝石を拾い、光にかざしてその不思議な紋様を楽しんだ。
 そして小さく、本当に小さく、そっと苦笑する。今日もまた言い出すことができなかった。

 自分はグイードではなく、ループレヒトなのだと。


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 アビシュメリナの海域まで向かう途中通ったディルートは、さすがに水の都と称されるだけあって水路がとても美しかった。
 どのような整備を施しているのか、ぷんと鼻につく独特の嫌な臭いは微塵もせず、ゆらゆらと輝く水面は綺麗に澄んでいる。
 島のほぼ中央にあるロルケイト城前には大きな噴水広場があり、そこから町のあちこちへと伸ばされた広い水路にはたくさんの小舟が行き来していた。
 町の七割が水で満たされるディルートにおいて、主となる交通手段は舟であった。
 商業用水路ならばまだしも、普通の水路においてシルディ自前の船では少々大きさに難ありだ。そこで彼はディルートの港に船を停泊させると、シエラ達を率いて水路脇に立つ大きな建物に向かった。

 そこは急ぎの客相手に船を貸切状態で目的地まで運んでくれる、ディルートでも有名な「ポポ水軍」の船乗り達が集う場所だった。水軍と言っても、ポポ水軍は戦に出るわけではない。あくまでもそれはただの名前であって、実際の水軍とは異なるのだ。
 移動手段としては最速・確実を誇るものの、目的は商業用であるために民間にも広く親しまれている。その理由は動力にもあるのだろう。
 ポポ水軍の舟を引くのは二〜三レマ(メートル)ほどもあるポーポー鳥という巨大な水鳥で、空を飛ぶことはできないが水上であれば一羽で馬三頭分の力を持っている。そして愛嬌もあるとくれば、大人から子供にまで人気があるということには頷けた。

 だがこのポポ水軍、一つ難点があった。

 確かに最速・確実を銘打つが、客は激しい揺れと水飛沫を道中耐え忍ばなければならない。当然服はびしょ濡れ、書物などはとてもじゃないが共に乗せることはできない。
 それでも客足の絶えないポポ水軍は、ディルート名物の一つとしてとても重宝されていた。とはいえ揺れる濡れるの状況が待っているとなれば、貴族は敬遠するものである。
 折角飾り立てた服装や髪型、なおかつ荷物までが水を被り――酷いときには船の外に投げ出される――、目的地に辿り着く頃には目も当てられないというのは非常にゆゆしき事態であった。
 それを王族であるシルディが利用し、あまつさえポポ水軍の船乗りは見知った様子で気軽に会話を交わしているのだから驚きだ。
 口では表現しがたい揺れの中、庶民派王子は「遺跡巡りするとき、よく連れていってもらうんだ」と得意げにそう言った。だからアビシュメリナに最も近い小島まで運んでもらうのだと。
 その道中、酔う暇も与えられぬポポ水軍の凄まじさを、アスラナ組は身をもって体験したのであった。



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