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(そりゃ僕だって、初めっから仲良くなれるだなんて思ってなかったけど)

 あそこまでの拒絶を受けたのは、生まれて初めてのことだった。
 一切の感情を排除した笑顔と、背筋の凍る冷たい声音。別にリースに始まったわけでなく、今まで何度か人に「ひとりにしてくれ」と言われてきたことはある。どうも自分はおせっかいな体質らしく、やたらと人に構ってしまうのだ。
 しかし彼の経験上、あれほどまでの完全な拒絶は見たことがなかった。

(思ったより手ごわいなー。まあ、リースくんの事情を考えたら仕方ないのかもしれないけど。でも、うーん。どうしよう……。いっそ思い切って『やあ親友! 心の友よ!』って言ってみるのもありかなー……)
「なにを一人でぶつぶつ言ってるんです?」
「わっ! クレメンティア? 船酔いしてたんじゃなかったの?」

 急に背後からかけられた声に驚いて振り向けば、先ほどまで長椅子に横たわっていたライナが呆れた顔をしてシルディを見つめていた。
 やや青ざめた顔をした彼女は、美しい刺繍の施された手巾(ハンカチ)を口元に当て、恨みがましげにねめつける。
 その様子に、シルディは思わず苦笑を漏らした。彼女の顔立ちは、怒りを露わにすると驚くほど険しく、そして美しくなる。凛とした雰囲気に圧されながらも、「変わってないなー」とひとりごちてしまったのがまずかったのか、彼女の双眸はますます険しくなった。

「昔、舵を取った瞬間に目の色を変えて考えなしに大海原へ突っ走り、やれイルカだやれ鯨だとはしゃいだのちに人食い鮫に追われ、どこをどうやってか船底に大穴開けて無人島へ命からがら漂着した方の船に乗った経験があるんですよ。どこかのぽえぽえ王子様のおかげで」
「………………えっと」
「しばらく忘れていたんですけど、何故か数時間前にそれを思い出してしまったんです。あのとき食べざるを得なかった、紫に緑の斑点が散った果物の味まで思い出してしまったせいか、気分がものすごく悪くなってしまいまして」

 あのなんとも言えない濃厚な味が口の中でよみがえり、シルディはさっと青ざめた。
 できればあまり触れて欲しくない話題の歴代一位だったのだが、あのときの一番の被害者だったライナは逃げを許してはくれなかった。手巾の向こう側で浮かべられた淡い微笑が、罪の意識をちくちくと刺激する。

「肉とも魚ともつかない妙な果物を食べさせられたあの二日間、わたしは生まれて初めて死んだ方がマシだと思いました」
「あう……そのことについてはなんとも……あ、でもほら! あの藍の洞窟はキレイだったでしょ!?」
「ええ。貴方が中の泉にはしゃいで潜って、毒クラゲに刺されて生死の境を彷徨ったりしなければ、とても」
「………………」

 完敗だった。なけなしの良い思い出を上げたつもりが、逆に己の醜態を掘り起こしてしまう結果になった。
 反論など到底できるはずもなく無言で項垂れていたシルディの耳に、たっぷりと間を空けてから呆れた声が滑り込む。

「ですが、今回はそうではないようなので安心しました。成長したようでなによりです」
「えっと……ありがとう」

 確かに今回の航行ではまともな操舵をしているが、まさか今でも海賊と引けをとらぬような荒舵を取っているとは言えず、シルディは曖昧に笑んで誤魔化した。
 当然ライナの目が剣呑に細められたが、それ以上痛棒を食らわせようとはしない。代わりに大きなため息を一つだけついて、彼女は古びた手すりに凭れた。眼下の海を見下ろし、白い波飛沫を上げて進む船に昔の面影を重ねる。

「――で、今貴方がこちら側についていて大丈夫なんですか?」
「うん。まだ大丈夫だよ。兄様達はまだ動けないしねー。それに、今は父様がついてるから」
「そんなに楽天的だから色々と大変なことになるんですよ。……それより、分かっていますか? あのことは――」



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