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「時渡りの竜とは、また随分といい拾い物をしたのね。で、結局皆さんはなんの用なのかしら?」
「この子の食欲――力を蓄えるためなんでしょうけど、宝石の消費量が激しくって。なんとかならないでしょうか?」
「まあねー、この種の竜は力をがきんちょのときに蓄えておかなきゃいけないから、本能でそうなるのよね」

 ふう、と息をついた魔女――レイニーと彼女は名乗った――が、こつんとテュールの額をつつく。
 すぐにテュールが噛み付こうと口を開けたが、それが閉まるよりも早くレイニーは己の指を抜き去った。かちん、と金属同士がぶつかり合ったような小さな音が響く。
 いくら本能で力を求めるとはいえ、さすがに城中の貴金属を食い荒らされては財政が傾く。そのことを危惧しここまで来たのだが、果たして解決策はあるのだろうか。
 言葉の続きを待っていたシエラは、そっとテュールに手を伸ばして腕の中に収めた。ごろごろと猫のように喉を鳴らすテュールにふわりと笑んで、優しく背を撫でてやる。
 途端、黒猫――彼女は幻獣で、名をスカーティニアという――が眼光鋭くテュールをねめつけた。びくりと体を震わせ、尾を丸めたテュールを見てレイニーがぱしんと軽くスカーティニアの頭をはたく。

「スカー、いじめるのはやめなさい。チビちゃんなんだから可哀相でしょ?」
「別にイジメテなんてないワヨ。レイニーこそ、さッさと話進めたラ?」
「たっく。ごめんなさいねー、えっとそれでなんだったかしら。ああそうそう、食欲抑える方法、よね」
「あるのか?」
「もちろんよ、後継者ちゃん。宝珠がね、あるの。どこだったかしら……あそこよ、ホーリー王国のディルートにね」

 漆黒の外套が衣擦れの音を立てたかと思えば、レイニーがテーブルの上に古ぼけた地図を広げた。ところどころ虫食いの穴が開いてあるそれを覗き込めば、少々かすれた文字で「ディルート」と記された島がある。
 その上には、アスラナ王国の六分の一ほどの大きさの島国が描かれていた。
 そこをとんとんと指先で叩きながら、レイニーは「でもねえ」とぼやくように呟いて肘をつく。
 彼女は距離を開けていたスカーティニアを抱き上げて膝の上に乗せると、艶やかな毛並みをゆっくりと撫で始めた。外套の下で影になり、よく見えないが、その表情が声音ほど沈んでいるものではないことが感じ取れる。

「今は結構危ないみたいよ? 魔物がたくさん出てきてるし、なによりホーリーには聖職者が少ないし」
「魔物をどうにかするのもわたし達の役目です。それは別段苦ではありません」
「そう言うと思ったわ。でもね、宝珠がある場所……探すのが危険よ?」
「どこにあるんだ?」

 ちらりとレイニーがシエラに視線を向けた。きゅうと口元が弧を描き、その指先が再びディルートの島を指し示す。
 それは知っている、と口を開きかけたシエラの言葉を吸い取るように、レイニーは地図に向けていた人差し指をシエラの唇に当て、くてんと首を傾げた。その拍子に外套の頭を覆う部分がずれ、彼女の容貌が露わになる。
 ろうそくの光に照らされた小さな顔は、シエラやライナと比較すればどこにでもいそうな女性のそれだった。
 ただ一つ違っていたのは、その色だ。肌も髪も、眉さえも白い。ぱちくりとした目だけが、雨上がりの空のような澄み切った水色をしており、唇には赤々とした紅が引かれていた。
 僅かに驚きの色を見せたシエラに苦笑して、レイニーは髪を耳にかける。こぽり、と薬の泡立つ音がやけに大きく聞こえたような気がした。

「ディルートの海に沈む古代都市――アビシュメリナの海底遺跡。なにがあるのかだなんて、分かりはしないわ。それに並の人間じゃ、あの遺跡には近寄れない」

 アビシュメリナ――それは遥か昔、ディルート地方で勢力を奮っていた巨大都市だ。アビシュメリナに住まう職人達は様々な技術を生み出し、そこから世界各地に広がっていった技術も少なくはない。
 たとえば、宝石などの装飾品の加工技術も元はアビシュメリナから生まれた。
 しかし、ある日突然アビシュメリナは消滅した。戦で負けたのではない。突如として海に飲み込まれてしまったのだ。
 それは一夜のことであったとも伝えられているし、一瞬だったとも言われている。世界を揺るがすその事件は今もなお、様々な書物にて後世に伝えられている。
 深い深い海の底、澄み切った海を覗き込めば、ゆうらりと誘い込むようにアビシュメリナの神殿が揺れているのが見えるだろう。
 ディルートの周りには数多くの海底遺跡が沈んでいるが、アビシュメリナほど巨大なものはなく、また、水深の浅い場所にあることが多いため研究も進んでいる。
 だが、アビシュメリナは未開の場所だ。誰も足を踏み入れたことはなく、その神殿に入れるものは死者だけだろうと言われているほど。



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