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*第11話


 暇だ。
 訓練場から響く生徒達の声に、ラヴァリルは目を細めてぐっと伸びをした。出てくる欠伸を噛み殺して、隣に立つリースに寄り添う。間髪入れずに腕を振り払われたが、彼女にとってそんなことなど大した問題でもなかった。
 ワインレッドの制服が白い室内に映え、独特の印象を与える。

「さーってっと。今度はあたしがお留守番だっけ、リース?」
「そうだ。……それくらい把握してろ」
「むー。だってさ、久しぶりにこっちに帰ってたから、向こうでの順番忘れちゃって。にしても、すっきりしたねー! あっちでは訓練なんてできないし」

 そう言って笑いながら、ラヴァリルは腰に携えた銀の拳銃を構えて片目を眇めた。もちろんそのまま発砲するようなことなどないが、妙に慣れた手つきが背筋を冷やす。
 リースは壁に背を預けながら、眼鏡を中指で押し上げて天井を仰いだ。
 彼の紫水晶の双眸に、レンズ一枚を隔てて真っ白な天井が一面に広がる。大きな窓の向こう側の草木がちらちらと視界の端で揺れているが、今の彼の視界を占領しているのは紛れもない白だった。

「……ハーネット」
「なぁにー?」
「――理事長の、ご判断は」
「…………んーと、まだもうしばらくってとこかな。次か――そうだね、その次くらいでなんとかなるんじゃない?」

 そうか、と独り言のように相槌を打ち、リースは踵で軽く壁を蹴った。そのまま彼らに宛がわれた部屋を出ようと歩を進めれば、背中に朗々とした声が投げかけられる。

「理事長は時渡りの竜の存在にもひどく気をかけてらっしゃるし、あんまりゆっくりしてられないってことなのかもねー。でも大丈夫、リースなら絶対うまくいくよ! だってこの学園で、文句なしで一番の成績だもんねー!」

 ラヴァリルはからりと笑った。リースが足を止め、首だけで振り返ると、彼女は満面の笑みを浮かべながらくるくると小型の拳銃を指で回している。
 すうと細められた眼光をものともせず、彼女はそれを見て「リースかっこいー!」と歌うように口ずさんだ。
 蜂蜜色の髪がきらきらと光を弾き、リースのまなこを刺す。まるでそれが意思さえ持っているかのように思えて、彼は思わず一瞬目を伏せて回避した。
 さらりと零れ落ちてきた深紅の髪が、灰色のそれに混じって視界に滑り込んでくる。
 途端、どくりと大きく心臓が跳ねた。ぐっと拳を握り締め、脳裏によぎった悪夢のような映像を振り払う。

 あれは幻だ。
 そう、もう過ぎ去ったことなのだ。今ではありえない。だから、もう囚われる必要などありはしないはずなのに。それなのになぜか、今も抜け出せない永久なる呪縛にかけられている。
 いつの間にか目の前までやってきていたラヴァリルが、眉間にしわを刻むリースを心配げに覗き込んでいた。
 大きな瞳でリースを映し、明るい声音で「大丈夫?」と問いかける。それに返事の一つも返さずに再び顔を背ければ、彼女はほけほけと楽しそうに笑い声を上げた。

「リースもしかして、緊張してる? ほんっと大丈夫だって! だってリース、一番なんだよ?」

 ぎり、と彼は唇を噛んだ。

「――魔導師としては、な」

 きゅうと真っ赤な唇が弧を描く。
 振り向かずとも分かるその表情に、リースは再び眉間のしわを深くして大きく舌打ちした。


+ + +



 こぽこぽと、水の泡立つ音が室内に響き渡る。
 暗幕が張られたその部屋の中は暗く、外の光さえ差し込まぬ空間であったが、要所要所に配置されたろうそくが仄明るく辺りを照らしていた。
 楕円形のテーブルを囲むように座り、この店の主である女が膝の上に黒猫を乗せ、妖艶に笑んだ。
 顔を隠す外套から零れて見える髪は白く、その肌も白い。すらりと伸びた足だけがその場に浮かんでいるように見えるのは、その肌の白さゆえだろう。
 テーブルの上で無邪気に跳ねていたテュールが、ふいにとことことシエラのもとへ駆け寄ってきた。手を伸ばして抱きかかえてやれば、彼は嬉しそうに喉を鳴らす。



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