15 [ 15/682 ]

 けれど、どれほど強くその意志が固められていようとも、彼がそれを是とすることはできるはずもない。
 己が命を削り、我が身を犠牲にしたとしても守らなければならない存在――それがシエラなのだ。そんな彼女を守り抜くのが、騎士である彼の役目。
 その役目を、違えることなど彼の選択肢には存在しない。

「なりません、シエラ様。たとえこの身を散らそうと、姫様を守るのが我らの使命。姫様をみすみす危険にさらす訳にはいきません」
「――では、訊く」

 ぐっと掴み上げる拳に力を込めたシエラは、翠の双眸を見上げながら低く問う。

「この中に、祓魔師はいるのか?」

 静かな問いかけだった。真夜中の湖面の、静寂だけが宿ることを許されたような雰囲気を醸し出すそれは、エルクディアの言葉を容易に詰まらせる。
 一瞬翳った瞳を見て、シエラの纏う空気がさらに鋭いものとなった。
 獣のように細められたそれを隠すことなくエルクディアに向け、無言で答えを要求する。視線を下げ、観念したといったような風体で、ぼそりと彼は漏らした。

「神官ならば、おりますが」
「お前! 祓魔師なしで、魔物とまともに対峙できるとでも思っていたのか? そんな訳がないだろう、それくらい私でさえ知っている! お前だって、王都の人間ならば剣で適わぬ相手がいるということも知っているはずだろうが! もういい、早くその神官を呼べっ、能無しが!」

 荒げられた声に瞠目して、エルクディアはちらりと背後に視線をくれた。おそらくその視線の先に神官がいるのだろう。
 苛立ちが最高潮に達しているシエラは、なおも語気を強める。

「私のために身を散らす? そんなことをされても迷惑だ。私の身は私のもの、お前達には関係ないだろう! そのように容易く懸けられる命など、安っぽいとしか思えない」

 ふん、と鼻を鳴らして悪し様に言い放ったシエラを見つめていたエルクディアの双眸が、すぅっと冷気を帯びていった。
 怒りに色を変えた彼の眼を見て、シエラはぴくりと柳眉を寄せる。
 エルクディアからはもはや穏やかな雰囲気は見受けられず、ただ苛烈な覇気だけがひしひしと肌に突き刺さるように感じられた。
 不穏な空気を感じ取った兵士の一部がざわめきだし、それは後方にまで広がっていく。しばらく訪れた沈黙のあと、ゆっくりとエルクディアが口を開いた。

「関係ない? 安っぽい? 今のお言葉、納得できません。どうかシエラ様、訂正を」
「なぜ私が訂正しなければならない? そんな暇はないし、間違ったことを言ったつもりもない。そんなことよりさっさと退け」
「――……だったら、聞くよ。お前一人ここに残したところで、魔物は倒せるのか?」

 急に砕けたその口調に、驚いたのはシエラではなく周囲の方だった。
 シエラは知る由もないが、エルクディアはまさに騎士の見本たる人物で、女性には優しく己の立場を決して忘れない人なのである。たとえどんな理不尽な怒りをぶつけられようと文句を言われようと、今まで彼が素を出して感情を露わにしたことなどなかった。
 だからこそ、こうして今「神の後継者」という立場のシエラに対して内なるものを表に出したと言う事実は、信じがたいものだった。 

「ロザリオさえ持ったことのない私に、そんなことができるはずないだろう。なんのために王都へ行くと思っているんだ」
「だったら大人しく黙って守られてろ! お前の命でこの世界が左右するんだ、俺達に関係ないはずがない! それになんだ? 安っぽいって言ったよな。確かにお前からしたらそうかもしれない。けどな、俺達はいろんなもの背負って命懸けてるんだ!」
「そんなこと、私が知るわけ――」
「ああ、ないだろうな。世界を背負ってもなお、自分を犠牲にしようっていう浅はかさの持ち主だ。今まで魔物に襲われることもなく平和に暮らしてきたんだ、死の恐ろしさがどんなものかだなんて分かるはずもないだろうよ」
「貴様……」

 今にも腰に佩いた剣に手を掛けそうなほどいきり立っているエルクディアは、兵士らの制止も聞かずに捲くし立てる。
 その涼やかな外見とは相反する様子に、シエラは彼には内と外で激しい差があるのだということを知った。
 殺気立つ彼を前に、シエラは怯えて泣くかと思われた。普通の女性であれば、恐怖に身を震わせたことだろう。
 しかし、彼女は金の瞳をさらに研ぎ澄ますと冷静に彼を見上げ、掴んでいた胸倉を突き飛ばすようにして離した。
 神の後継者と王都騎士団総隊長という肩書きのせいか、二人の攻防を止める勇気のある者はいない。むしろ、彼らの気迫に一歩引かざるを得ないと言った方が正しいだろう。
 戦場に慣れている彼らでさえ戦慄する両者の覇気は、森を揺るがすのではないかと思うほどだった。



[*prev] [next#]
しおりを挟む


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -