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ここはどの辺りだろう。リーディング村からはもう大分離れているはずだから、あの村に危険が及ぶことはない。
痛みで半眼になりつつも辺りを見渡せば、遠くの方に森の出口が見えた。あそこまでなら、馬を飛ばせばさほど時間もかかるまい。
渇き、痛みさえ覚える喉を唾液を飲み下すことで潤したシエラが、エルクディアを振り仰ぐ。
「兵を、すべて撤退させろ……っ、魔物がいる……!」
「魔物……?」
その言葉を聞いた瞬間、エルクディアの表情が一変した。
すっと鋭くなった双眸は真っ直ぐに闇の奥を見つめ、大きく息を吸ったかと思うと彼は声を張り上げる。
「全兵士に告ぐ! 姫の周りを厳重に警護しろ! いいか、この森を抜けるまで決して姫に魔物を近寄らせるな!」
空気を震わす大声量に思わず舌打ちしたシエラが、重い頭を上げて前方を見た瞬間、何故か木々の向こう側までが透けて見えた。
わらわらと集まってくる兵士達を掻き分けるようにして、目が勝手に「なにか」に焦点を合わせようとしている。
無理やりに眼球を引っ張られるような感覚に吐き気を覚えるが、それはすぐに治まった。凄まじい速さで動く景色がぴたりと止まったそのとき、シエラの目にはいくつかの黒い影が不気味に走る姿が映し出される。
なにか、など問わなくても分かる。
気配とあの禍々しい外形からして、あれは間違いなく魔物だ。それも、数が多い。
「馬鹿なことはするなっ……! いいから、さっさと退け!」
「兵士の退却よりも先に、シエラ様の御身をお守りすることが最優先事項です。退路を開きますので、今しばらくお待ちを」
そう言ってエルクディアはシエラの静止も聞かず、ひらりと馬から降りてしまった。手綱をシエラの細腕に預け、馬の斜め前に立つ。
目にかかる前髪を掻き上げたその姿は男性とは思えないほどの色香に満ちており、シエラは無意識のうちに眉を寄せていた。
すぐにしゅらりという音が鼓膜を叩き、すぐ脇にいた兵士の持つ松明の明かりが刀身に弾かれて眩しく光る。
血のように赤いルビーが不敵に煌いたそのとき、ずきりとより一層頭の痛みが増したような気がした。
「エルクディア様、北に控えていた者より連絡が! 数人の負傷者が出ている模様です」
「北か……死人は?」
「おそらく、今はまだいないかと。先ほどの伝令によれば、魔物は兵らを無視して突き進んでいったとのことです」
そこまで言い切って、兵士はちらと馬上のシエラに視線を向けた。間近で見る神の後継者の美しさに一瞬言葉を忘れるが、すぐに気を取り直して真っ直ぐにエルクディアを見据えて指示を待つ。
策を巡らしているだろう彼の後頭部を見下ろしながら、シエラの表情はどんどんと冷たくなっていった。
そのことに気づく者はおらず、ただただ辺りには言いようのない緊張感が高まっていく。
――どうして分からないのだろう。神の後継者一人のために多くの者が傷つくのは、本末転倒だということに。
シエラの考えなど誰も知る由はない。己に課せられた任をこなそうと人々は奮闘し、迫り来る影に全神経を注いでいるのだ。
たとえ、それが己の身を散らすことになろうとも、彼らにとってそれは覚悟の上のことなのである。
まるでシエラを嘲笑うかのように、強い風が吹いて蒼い髪を翻す。
次の瞬間、ひゅっと風を切る音と兵士達のざわめきがその場を彩った。