15 [ 136/682 ]

 国の抱える一般兵士には教えられない魔物の知識を得た彼らは、それだけで十分魔物を狩る者としての力を持つ。そこに先ほどの魔術を組み合わせ、退治をより円滑に進めていこうという考えだ。
 魔術は、言わば毒だ。通常攻撃によって与えた傷口からじわじわと毒を体内に流し込み、その魂を破壊する。残酷なまでの、戦闘方法。――ゆえに魔導師は、「魔を死に導く者」の略とされている。
 そして彼らの戦闘能力は、もちろん魔物だけに通用するものではない。聖職者とは違い、己の適正にあった武器を使って魔物と対峙するのだから、その身体能力は鍛えられた兵士と見劣りしない。

「あーららぁ、リースどうする? あの人、随分魔気にあてられちゃってるけど。もう転化しちゃってるかなぁ。しちゃってたら当たるよね〜」
「理性の欠片がないようなら殺す。それだけだ」
「りょーかーい」

 鍛え上げられた魔導師は、対人間との戦闘さえためらわない。
 間延びした声が平原に伸びる草を揺らし、腰のベルトに吊らされていた短銃の重々しい金属音が辺りに響いた。
 エメラルドの双眸が捉えたのは、所々血にまみれたぼろ布のような服をまとう男の姿と、その周りを取り囲むようにして血臭を漂わせている鳥型の魔物の姿だ。
 このような見晴らしの良い場所に、しかも早朝に魔物が集団で現れるなど、珍しい。訝った視線を魔物に向けたリースは、ふらつく男の姿を見て合点がいったように頷いた。そして自分も制服の内側に仕込んでおいた短剣を取り出して鞘から抜き、光を弾く鏡のような刃を表に出す。

「それじゃ、いっきまーす!」

 ジャキンと撃鉄を起こす音が聞こえたと思ったら、間髪入れずにニ発の銃声が鼓膜を叩く。それに怯むことなく魔術を唱え始めたリースは表情一つ変えず、無論唇の動きはそのままで、手にしていた短剣を投げつけた。綺麗な直線を描いた短剣は、飛び上がろうとしていた魔物の翼に見事突き刺さり、甲高い悲鳴を引き起こす。
 鳥のような魔物は、ハーピーだった。顔から胸までが人間の女のそれで、翼と下半身は褐色の鳥のものだ。
 だらだらと深紅の血を滴らせ、地面に縫いとめられたハーピーは心を惑わす美声を舌先に乗せ、空気を振動させる。
 しかしその歌声に反応する人間は、生憎ここには存在しなかった。
 リースは傷ついたハーピーを眼光鋭く一瞥し、魔術を完成させる。目の眩む閃光が辺りを迸り、空中に浮かんでいたハーピーまでもを包み込んだ。やがてその閃光が治まると、地面には焼け焦げたような跡が円の文様を描く。それが術の発動範囲だと気づいたラヴァリルは、楽しそうに笑って二丁銃を構えた。
 血に飢えた鋭い爪をこちらに向け、大きく翼を動かしたハーピーに向かって、容赦なく銀の弾丸を注ぎ込む。
 合計で四羽のハーピーはすべてその羽を打ち抜かれ、ぼたりぼたりとリースの描いた文様の中に落ちていく。キィィと甲高い声を上げるハーピーには構うことなく、ラヴァリルはその銃口を足元のおぼつかない男へと向けた。
 視線の定まっていない男に向かって、彼女は躊躇なく引き金を引いた。凄まじい銃声と共に肉を貫く音が聞こえ、男の上半身が大きく揺らいだ。左胸を貫通した弾は音もなく地面へと落ち、血に濡れててらてらと怪しく光っている。
 貫通したのなら、それはもう「人ではない」。銃に使われる金属は、人に当たる直前で溶けてしまう特殊なものだ。それが当たったということは、もはや彼は人ではないことを示している。ならば遠慮する必要なないだろう。続けざまに数発発砲したラヴァリルは、微塵も怯んだ様子を見せない男に首を傾げた。

「あれ? なにあの人、魔気に呑まれちゃっただけじゃないの?」
「……グールだ、気づけ」
「グール? グールってあれだっけ、えと、あのー、ほら、…………なんだっけ」
「――極めて高い再生力を持つ、通称“不死身の男”」
「ああそれそれ! って、不死身!? え、やっだ、どうしよう!」

 ぎゃんぎゃん騒ぐラヴァリルに頭痛がする。魔導師学園の座学で散々習っただろうに、どうしてこんなにも物覚えが悪いのだろう。
 グールは首を刎ねようとも手足をもごうとも、すぐに再生してしまい埒が明かない。さらに、魔気にあてられただけの人間と見分けがつきにくいため、魔気を感じ取ることのできない魔導師にとっては厄介な存在でもあった。
 グールを倒すには、聖水か火を使ってその体を焼き切るより他にない。魔術の不得手なラヴァリルからしてみれば、最も苦手な魔物だった。

「リースぅ……。どーしよー」

 甘えた声を出すな、微塵も困っていないくせに。そんなことを胸中で吐き捨てながら、リースは薄灰色の髪を風の好きなように遊ばせていた。髪が靡くたび、血に染まったような深紅の髪の一房がやけに目立つ。
 ひたとグールを見据え、その醜悪な形相を嫌悪の目で見つめる。
 困り顔のラヴァリルを半ば押しのけるようにして前に出たリースは、腰に佩いていたボロックナイフと呼ばれる短剣を左手に構え、グールと向き合った。
 近くの木で鳥が鳴いたような気がしたが、しかしこの状況でそれに気を配っている余裕はなかった。余裕がないと言うよりは、気を配る必要がないと言った方が正しい。
 じり、と、リースが一歩を踏み出した途端、間髪入れずにグールの放つ殺気が濃くなった。瞳孔の開ききった瞳が、不気味な光を宿して敵である彼らを見据える。

「ハーネット、あれは俺が方陣まで引きずり込む。術の発動を引き継げるか?」
「え? んー、あたし、そっちの魔術苦手なんだけどなぁ……」
「お前の場合発動呪文どころか、すべてが出来損ないだろう。ならいい、端から期待してない」

 表情一つ変えず言い放ったリースが、大きな一歩を踏み出した。ひゅっと風を切る音が耳に届くのと同時、手の内側に肉を裂いた感触が宿る。


[*prev] [next#]
しおりを挟む


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -