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 すべては謎のままに、聖職者達は保護した幻獣を不可視の結界に包んでどこかに解き放つ。しばらくすると結界の効力は消え、幻獣は元の生活を続ける。もしくは、ある日突然、幻獣が姿を消す。精霊達の声だけがその無事を知らせ、あとは音沙汰なし――。
 それが人間と幻獣の正しい関わり方だ。今まで保護してきた幻獣の中で、人間に懐いて還らなくなったという話は聞いたことがない。
 だからあの竜も一度保護し、そして誰も訪れないような場所で放してやればそれでいい。
 今まで読んだ書物の中に記されていなかった事実を教えられ、シエラはぱちくりとその目を丸くさせた。
 幻獣を傷つけることは禁止されているが、保護するとは一切書かれていなかった。

「しかし……、ではなぜそれを公表しないんだ?」
「『探せば簡単に幻獣が見つかるかもしれない』だなんて、心無い人に思わせるわけにはいかないからですよ」

 なるほど、そういう考えもできるのか。
 思わず納得してしまったが、だからといって今から出立する理由にはならない。「こういうことは急いだ方がいいんです」柔らかい笑顔は頑なで、それ以上の口を挟む隙を与えてくれなかった。
 「ああそうだ」と独り言のように漏らしたライナは、一度直した空の瓶を再びポーチから取り出し、目の高さまで持ち上げて小さく振った。そして屈託のない笑みを浮かべ、「火種を少し分けて下さい」と言って、シエラに預けたランプから、法術によって炎を切り取った。
 瓶の中に風霊と火霊を入れて蓋を閉めれば、小さいながらも立派なランプとなる。

「エルク、ニコラを借りてもいいですか?」
「もちろん。けど、機嫌が悪いようだったから気をつけてくれ。ライナを背にして暴れることはないだろうが、一応な」
「心得ています。では、朝までには戻りますね」
「気をつけてな。シエラも、見送ったら戻るぞ。随分冷えてきてるから」

 軽やかに踵を返したライナは、駆け足で馬小屋まで向かい、すぐにはしばみ色の馬を連れてきた。二度ほど鼻面を優しく撫で、軽く助走をつけてその背に跨って慣れた手つきで手綱をさばく。段々とニコラの足並みが速くなってきたと感じたところで、ぱしんと手綱の弾く音が聞こえた。
 走り出すニコラの背を見送る。耳に届く馬蹄の音を噛み締めていたシエラは、隣に立つエルクディアにランプを渡し、白い息を夜に吹きつけた。
 静かだ。先ほどまでの騒々しさが嘘のようで、星のまたたく音すら聞こえてきそうなほどだった。

「本当に、こんな時間に一人で行かせて大丈夫なのか?」
「……心配は心配だけど、ああなったらもう聞かないからなぁ。なんであそこまで頑ななのかは分からないけど、あの状態のライナには俺がなにを言っても無駄だよ。もっと口が回る奴ならなんとかなるんだろうけど」

 ライナは朝までに戻ると言ったから、シエラ達は朝まではなにもすることがない。幻獣を保護する術を知らないシエラが勝手に動いていい問題でもないだろうし、警戒した竜が同じ晩に二度も現れるなど考えられない。
 だから、体力を保つためにも睡眠は必要だ。徹夜になるだろうライナを思うと少し罪悪感が湧いてくるが、なによりもシエラの場合、眠気が勝る。心配はもちろんあるものの、襲ってくる睡魔には抗えそうになかった。
 せり上がってきた欠伸を噛み殺して目元を擦っていると、窓から恐々こちらを覗いていたテオを見つけた。エルクディアが苦笑したのが気配で分かる。右側に寄り添うようにして歩く彼の体温を衣服越しに感じて、シエラは再び欠伸を押し込めた。
 今度はその眦にうっすらと涙が浮かぶほど、大きな欠伸だった。


+ + +



 朝、アスラナ城からシエラ達が出発するよりも早く城を出ていた魔導師の二人は、王都を取り囲む城壁を越えたさらに向こう、季節柄鮮やかさを失った平原を歩いていた。
 んーっと両手を挙げて伸びをしたラヴァリルが、清らかな朝日に包まれて気持ちよさそうに唇を弓のように形作る。ワインレッドの制服に付けられた校章がきらりと光を反射させ、リースの瞳に突き刺さった。気だるげに眉を寄せた彼は、左肩に掛けていた皮袋を一度掛け直し、遠くに見えるリヴァース学園の影を確認した。
 今この距離では点にしか見えないそれは、広大な平野の中に現れた丘の上に位置している。
 リヴァース学園は広い。高い壁に囲まれているせいで外から見れば閉塞感を感じさせるが、中には訓練場もあって捕獲された魔物が放し飼いにされており、魔導師見習い及び魔導師は、この学園でその才を極めていく。
 魔導師に必要とされるのは知力、体力、運動能力。魔導師が使う術「魔術」は、魔物の使うそれとはまったく違うものだ。おそらくその能力を身に着けた最初の人物が、嫌味半分で魔術と名づけたのだろう。彼らの魔術は聖職者の法術とは違い、鍛錬さえ積めば誰でも使えるようになるのが大きな特徴だ。
 ただし、魔導師の行使する魔術は、魔物を破壊するための術だった。
 なにかしらの神を信仰しているものがほとんどのこの世の中では、輪廻転生の流れを遮断し、永遠の死を与えるという行為は好ましく思われていない。
 そのため、聖職者に比べて、魔導師は圧倒的に立場が弱かった。聖職者寄りの人間が多いこの時代、魔導師の排他的な考えには反対派が多く、批判も受ける。
 それでも、魔物に凄まじい恨みを抱き、それらをこの世から払拭したいと願う者達は多く存在する。「純粋に世界を救いたいのに聖職者としての力がないから」といった理由の者や、殺戮を罪なく行えるといった理由を掲げて学園に通う者など、実に多種多様だ。
 魔物を退治するのには、聖職者に備わっているようななにか特殊な力が絶対に必要だという訳ではない。魔物とて、剣で心臓を突けば死ぬし、飢えれば命を落とす。
 そのため、リヴァース学園では対魔物用の戦闘知識を叩き込み、どうすれば上手くそれらを殺せるかという技を教える。


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