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「あの者を、疑っておられますか?」
「いいや」

 あまりにもはっきりとしたユーリの答えに、オリヴィエの目が丸くなる。
 ここまでくれば、返ってくる答えは肯定だと思っていたのだ。だからこそ、否定の台詞が耳に届いたことに驚きを禁じえない。

「では、なぜ……?」
「私はね、別に疑っているわけじゃない」

 ユーリはそこで一旦言葉を区切り、万人を魅了する笑みを浮かべて言った。

「確信しているんだよ、オリヴィエ」

 その言葉は真っ直ぐにオリヴィエの胸に突き立てられ、大きな衝撃を与えた。浸透してくる感情は、青年王の揺るぎない自信だった。
 彼は疑っていない、と言った。それは単に否定を表すだけではない。否定を越えて肯定を示すのだ。
 意表をつくその答えに言葉を失ったオリヴィエは、頬に走った傷が少し疼いたような気がして薄く笑った。今感じたのは、好奇心と恐怖だ。
 他でもないその青年王の雰囲気に、命を隣り合わせにした戦場に慣れ親しんでいるはずのこの身が、恐怖を覚えた。

 ――この男には、一生敵うまい。

 心中でそっと呟いて、深く頭を垂れた。
 オリヴィエは、青年王の幼少の頃を知っている。聖職者の力を持つ子供は皆が皆、同じ銀髪を携えている。にも関わらず、彼はその中でも人目を引いた。凛とした眼差し、子供とは思えぬ不敵な笑み。あの生意気そうな顔を、今でもはっきりと思い出せる。
 今思えば、あの頃から王としての素質が備わっていたのだろう。彼を初めて見たとき、オリヴィエは九歳だった。もうすでに王都騎士団へ仕えており、その腕前もなかなかのものだったのだ。
 使いを頼まれた帰り、興味本位で覗いた聖職者育成を目的とする王立学院の一室――そこに、まだ幼い彼らがひっそりと佇んでいた。
 あのときの光景は忘れられない。まるで一面雪景色かと錯覚してしまうほど、銀が輝いていた。それは懇切丁寧に磨かれた騎士団の剣よりも、もしかしたら美しかったかもしれない。小さな聖職者の卵達を見て、オリヴィエはそう思った。
 ちょうど自分と片手分の年の差があるユーリの成長過程は、彼の名が上がるにつれて耳にするようになっていった。歴代の祓魔師を凌ぐ力を持っているだとか、きわめて怜悧な子供だ、などという噂が騎士団内に流れてくるのにも、それほど時間はかからなかった。
 そのたびにオリヴィエは、いつか彼の下に仕えることになるのか――と、そう予見していたのである。

「陛下の命、このオリヴィエしかと受け取りました」

 そして今、そのときの思いは見事的中し、予想を遥かに上回る人物となって彼はこの国を治めている。
 唇の端がゆるく持ち上がるのを感じて、オリヴィエはなかなか頭を上げることができなかった。


+ + +



 夜の帳が下ろされた頃、シエラ達一行はマフスト村へと辿り着いた。
 途中難所がいくつかあったがそれもなんとか乗り越え、こうして目的地へと到着したわけだが――、今現在、シエラの機嫌はすこぶる悪かった。
 橙色の灯りが小さな家の中を照らし、台所からは薪の爆ぜる音が聞こえる。漂ってくるのは食欲を誘うシチューの香りだ。こぷりと煮える水音が時折鼓膜を叩く。ランプの周りを飛び交う小さな羽虫を視界の隅に写しつつ、シエラは腕組みをしたまま大きく溜息を吐いた。
 目の前に少し淵の欠けたスープ皿が置かれたが、皿の中のシチューが白ではなく、綺麗なオレンジ色をしていることに気がついて眉根を寄せた。
 これがこの家に来てすぐに出されたスープだったのなら、その鮮やかさに多少の感動を覚えたことだろうとライナは微苦笑を浮かべている。眉間にしわを寄せるシエラを小声で宥め、ぽっこりと飛び出た腹を自慢げにさする男――テオに向かって、彼女は慇懃に礼を述べた。
 愛らしい少女の微笑が向けられて気持ちよさそうに笑んだテオは、壁にもたれるエルクディアを振り返り、彼にも椅子を勧めた。

「騎士さんも座りぃさんね。おんらが作ったカボチャスープだべ、ほぉれ、お飲みんしゃい」

 独特の訛りは、標準語に慣れている王都の人間にとっては少し聞き取りにくい。
 さすがカボチャ畑の所有者と言うだけあって、出てくるまかないの品はすべてカボチャ関連だった。カボチャジュースに始まりカボチャクッキー、カボチャケーキなど。腹の中が散々カボチャで満たされ、もううんざりといったところだろう。
 しかしシエラの機嫌の悪さは、それだけが原因ではない。
 椅子を勧められたエルクディアは笑顔でやんわりと断り、再び壁へ背中を落ち着けた。ぎぃと鳴いた壁に軽く目を丸くさせて、口の端に苦笑を乗せる。
 シエラが何度目か分からぬ溜息を吐いたとき、テオがぽんっと腹を打って満面の笑みを浮かべた。

「おんらのカボチャうめぇか? うめぇに決まってんべ! なんせ、おんらが命懸けて朝んはようから夜ぅおそうまで面倒見てっかんな。見っべこの艶! おまさんみてぇにつやつやだっぺ」
「あー……テオさん、そろそろ例の話をお聞かせ願いたいのですが。もちろん、カボチャの話ではなく」

 なおも愛しいカボチャについて愛を語ろうとしていたテオは、エルクディアに先手を打たれてしぶしぶ口をつぐんだ。
 シエラの不機嫌の原因は、この無限に続くかと思えた「カボチャ愛語り」にあった。いくらこちらが謎の生物について話を振ろうとも、すぐにカボチャの話へと脱線してしまう。そんな埒の明かない状況が約二時間ほど続き、シエラの忍耐力も限界を迎えようとしていた。


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