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「お前には無用な気遣いだろうが、使者殿からしちゃあなくてはならない気遣いなんだよ。最後くらい、オレの言うこと聞けって」
「なぜ私が――」
「“兄君”の言うことが聞けないってか? リアラが聞いたら嘆くだろうなぁ」

 よよとわざとらしく泣き真似をすれば、一瞬シエラが怯んだように肩を揺らした。そしてたっぷりと間を空けて、悔しそうに顔を背ける。
 ――そうだ。もうお前のことは十分すぎるほどに知っている。冷たく見えて、とても優しい。だからこうして、簡単に心が動く。

「…………お前は、卑怯だ」
「えー? 聞こえないなー」
「――もういい、やはり一人で乗る。お前のような馬鹿には付き合えん!」
「えっ、ちょ、おいシエラ!」

 一度はうまくいきかけたものの調子に乗ったのが仇となり、シエラの機嫌を損ねてしまったようだ。
 憤慨した様子の彼女が手綱を握り、鐙に足を掛けたところでそれまで傍観していたエルクディアが慌てて口を開いた。

「シエラ様、お待ち下さい!」

 しかしそんな静止も虚しく、シエラは素早く馬の背に跨って肩を叩き、馬を落ち着かせていた。両脚に軽く力を入れ、馬の腹を圧迫してやれば馬はゆっくりと命に従って前に進みだす。
 控えの馬はこの村から出たところにしか用意していない。
 この場に連れてきているのは、シエラが乗馬しているこの一頭だけだ。無理やり止めることも十分可能だったが、彼女にもしものことがあっては適わない。
 とりあえず説得を試みようとして駆け出した彼の足は、一歩分の砂煙を巻き上げただけでぴたりと止まってしまった。

「…………あの、シエラ様?」
「なんだ? 相乗りは――」
「念のためお聞きしますが、どちらへ向かわれるおつもりですか?」
「王都だろう?」

 ええと、とエルクディアがその答えを聞いて口ごもった。
 一度馬を停止させ、訝しげに見下ろしてくる彼女の視線をひしひしと感じながら、気まずそうに礼を取る。
 深々と頭を下げてから、金髪の騎士は言った。

「残念ながらシエラ様。――そちらは、王都とは正反対の方向になります」

 いたたまれない沈黙が周囲に降り注ぐ。
 無言で馬の向きを反転させたシエラは、ぱからぱからと虚しく響く馬蹄の音に耳を塞ぎたくなった。
 ほんのりと朱に染まった頬が闇夜でも確認でき、男性二人は鈍痛の走る頭に手を添えたくなる。けれどそんなことをしてしまえば、彼女は一層機嫌を損ねてしまうだろう。
 もうこれ以上、あの冷ややかな視線を浴びせられるのは慣れたカイとてご免だった。
 訪れる静寂を破るのは、簡単なことではない。
 しぃんと静まり返ったその場所で、口をまごつかせながら空気を震わせたのは意外にもシエラ本人だった。

「……少し、間違えただけだ」

 子供のようにぷいと顔を背け、それでも完全に己の非を認めようとはしないシエラの態度に、カイの肩が小刻みにふるふると震えだした。
 本人はその間違いを少々だと判断したが、実際は剣で戦うか枝で戦うかほどの違いがある。
 がっと顔を上げたカイは、限界まで目を見開くと獣さながらあぎとを向き、夜の静寂を怒号という刃で切り裂いた。

「シエラ! お前、なにがあってもこの人に乗せてもらえ! そんなんで王都なんぞに辿り着けるかっ!!」
「着ける」
「着けない!」
「着ける!」
「着けないっ!」

 がるる、とお互い牙を向け合った状態で威嚇しあうので、傍らにいたエルクディアはどうしたものかと考えた。
 何度も何度も着ける着けないと同じやり取りを繰り返す二人を見ていると、だんだんおかしくなってきて、ぷつりとなにかが切れる。
 思わずぷっと吹き出せば、きょとんとした彼らが同時に視線を向けてきた。その動作がひどく幼く見えて、エルクディアはさらにくすくすと口元に手を当てて笑う。

 そこでようやく我に返ったカイが恥ずかしげに頬を掻き、複数の意味を持たせて「使者殿……」と呟いた。
 おそらくその呼びかけの中には笑わないでくれ、という意味も含まれているのだろうから、エルクディアは顔の筋肉が緩みそうになるのを必死で堪えながら二人に向き直る。
 楽しい人たちだと思う反面、そんな彼らを引き裂くことに少なからず胸がつきりと痛んだのは、気のせいではないだろう。
 エルクディアはゆっくりと歩を進めると、シエラの乗った馬の真正面に立ってその鼻面を優しく撫でた。途端に気持ちよさそうにいななくその馬に、彼女はほんの僅かに目を丸くさせる。
 がしゃりと剣の揺れる音が鼓膜を叩き、次に聞こえたのは彼が奏でる優しい声音だった。

「シエラ様、ご同乗をお許し下さいますよね?」




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