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「依頼があってすぐ、何人か祓魔師を派遣したのだけどね。誰一人として、討伐できなかったんだよ」
「そんなに強い魔物なのか?」

 間髪いれずに尋ねたエルクディアに、ユーリは静かに首を振った。その途端、リースを除く全員が訝しげな顔をする。
 派遣された祓魔師の全員が討伐できなかった魔物。そう聞けば、誰もが「その魔物は強い」ものだと思うだろう。それなのに、ユーリはあっさりとそれを否定した。
 どういうことだ。シエラが渋面を作る向こうで、ラヴァリルも不思議そうに首を傾げている。説明を求める空気の中、青年王はもったいぶった様子で溜息交じりに口を開いた。

「誰一人として、魔気を感じ取ることができなかったそうだよ。誰を派遣しても、ね」
「誰も? 少しもですか?」
「ああ、その通りだよ、ライナ嬢。クラウス神官でさえ、微塵も感じられなかったらしくてね」
「あのクラウス神官がですか?」

 シエラにはその神官が何者かは分からないが、ライナの驚きようからして高位の神官らしいことは窺い知れた。シエラの視線に気づいたライナが、クラウスについて軽く説明する。
 真っ白な髭を蓄えた厳格な老神官。神官の中で優秀な人物を挙げれば、五本の指に彼は入り、特に魔気を感じ取り、結界を張ることに関しては彼の右に出るものはいないだろうと言われている。彼が築く結界は鋼よりも強固で、よほどの攻撃を受けないと破れない――そう称えられている人物らしい。
 ライナはきゅっと唇を噛み締め、不安そうに続けた。

「クラウス神官が魔気を感じ取ることができない魔物となると、それはよほどの高位のものではないのでしょうか……」

 低位の魔物はその魔力を隠すことはできないため、簡単に魔気を辿ることができる。しかし高位の魔物となると、彼らは身の内に魔力を隠し、消し去ることが可能だ。魔気を少しも漏らさない魔物だとすれば、つい最近戦った人狼よりも強いだろう。
 あの双子の人狼相手ですらあれほど苦戦を強いられたというのに、まだ力の目覚めきっていないシエラに討伐の任が回ってくるのは無謀ではないだろうか。エルクディアがそう言うと、ユーリはまたしても首を横に振った。
 「ユーリさん、どーゆーこと?」訳が分からないとラヴァリルが問う。

「その魔物、聖職者を見るなり一目散に逃げ出したそうだよ」

 ぽかんと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたシエラ達とは対照的に、ラヴァリルが小さく噴き出した。ユーリが苦笑しつつ、なにかを探るようにシエラを見つめてくる。
 深い海を思わせる青海色の双眸に見つめられると、胃の奥がざわめくような感覚を覚えて落ち着かない。心の内まで暴こうとするこの瞳が、シエラは苦手だった。

「聖職者を見て逃げ出すって……それ、本当に魔物なのか? 野盗とかその類じゃなくて?」
「あのね、エルク。野盗が夜な夜な畑に現れてカボチャを丸かじりするかい?」
「じゃあ聞くが、魔物って夜な夜な畑に現れてカボチャを丸かじりするものなのか」
「お黙りエルク」

 ユーリがエメラルドのついた聖杖の先でエルクディアを小突く。けれどその視線は相変わらず、シエラを試すようにこちらを見ていた。
 なんなんだ。なにが言いたい。そう眉間にしわを寄せかけ、シエラは積み上げられた本の背表紙にふと目をやった。記憶の端に、なにかが引っかかる。
 ついこの前読んでいた本の内容に、似たようなことが描かれていなかっただろうか。脳内の引き出しを次から次へと抉じ開け、利用するあてもなく詰め込まれた情報を整理する。確か、青年王の言うような条件に当てはまる生き物について、そこには書かれていたはずなのだ。
 魔気はなく、聖職者――すなわち人間を見ると逃げ出す生き物。それは、確か――。

「幻獣……?」

 幻獣。それは魔物とは対極に位置し、世界の陰陽の均衡を保つ上で欠かせない存在だ。清浄で誇り高く、内なる力は人間などとは比べ物にならない。神に愛された、清らかな獣。
 幻獣と一言で言っても、その種類は実に様々だ。幻獣は普通の動物でもなければ、魔物でもない。その魂は気高く、人魚のように悪戯好きの幻獣もいるが、その多くはあまり人との交流を是とせず、人目につかぬようひっそりと暮らしている。
 そんな彼らは、魔術――魔導師が使うものではなく――でも法術でもない、特殊な「魔法」と呼ばれる力を秘めていると聞く。
 代表的な幻獣は竜だと、その本には書いてあった。比較的数の多い幻獣で、種族数も群を抜いており、この世のどこかには「竜の国」が存在するのだと。
 ただし幻獣は、狂うと堕ちてしまうのだという。清らかさゆえに魔物に転化しやすく、また、幻獣の持つ力は魔物にとって取り込めば莫大な生命力となる。それゆえに魔物に命を狙われることも珍しくはない。
 加えて、その美しさと珍しさから、人間が武器や薬となる部分を得るために乱獲する場合も多い。今し方読んだ歴史書に、人間が幻獣を虐殺してきたという事実も載せられていたのを思い出した。
 だから幻獣は魔物に比べて数が少なく、その存在が明らかになっていないものが多いのだと、そう書かれていた。存在自体は知られていても、細かな情報などはまったくと言っていいほど把握されていない。



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