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 その知らせを聞いたのは、のどかな昼下がりだった。

 紙とインクの香りが立ち込めるアスラナ城の第五図書室で、シエラはエルクディア達と歴史書を紐解いていた。アスラナ城でも一、二の静けさを誇るこの図書室には、天井までぎっしりと立ち並んだ本棚があり、古文書から近世の小説まで様々な種類のものが備えられている。
 アスラナ城には、五つの図書室が存在している。その中でもユーリの自室やシエラ達の部屋、大広間や謁見の間と同じ本館にある第五図書室は、最も大きな図書室だ。専門書から娯楽書まで幅広く取り扱われており、暇を潰すのにはもってこいの場所だった。
 シエラの左隣にはライナが、右隣にはエルクディアが座って、両側から大判の歴史書を覗き込んでいる。その一つ向こうの机には魔導師の二人が腰かけていて、リースは山積みにした書物の一冊をパラパラと捲っていた。
 今まで村で暮らしてきて、国の歴史になど触れても来なかった。どういった戦争が行われていたのか、ぼんやりとしか知らない。こうして文字に記されているのを見る限り、アスラナという国は数多くの戦を繰り返してきたらしい。それが現在落ち着いているのは、魔物の出現によって各国に敵に目を向ける余裕がなくなったせいだとも言われていた。
 両側からあれこれと知識を詰め込まれるが、正直眠気に負けそうだった。これを知ったところで、なんの意味があるのだろう。神の後継者というのなら、神言の一つでも教えてもらった方がよほど役に立ちそうなものだ。
 くあ、と、欠伸を噛み殺したところで、静かな図書室内にしては珍しくざわめきが起こった。集中力の完全に切れていたシエラの意識は、自然とその方向へと向けられる。視線を上げた先にいた人物に、エルクディアとライナも驚きを隠せない様子でいた。

「やあ、ご機嫌いかがかな?」

 微笑を湛えながら軽く手を上げ、優雅な足運びで近づいてきた青年王は、自然な動作でエルクディアの横の椅子を引いて腰かけた。

「おや、歴史の勉強かい? 偉いね、姫君」
「……別に」
「おっと。ご機嫌斜めかな。つれないね」

 無駄にきらきらとした笑みが鬱陶しい。人の美醜にはあまり興味のないシエラだが、確かにユーリの見た目は整っていると感じる。だが、整っているのと好感が持てるのとはまた別だ。上辺に貼りつけただけの笑顔は、ただ違和感しか与えない。
 「なにしに来たんだ」呆れ眼を向けたエルクディアに、ユーリはうっすらと微笑んで軽く首を傾げた。シエラと目が合うなり途端にきらめく青海色の瞳には、なにが映っているのだろう。
 後方では、一度たりとも本から視線を外さないリースとは対照的に、興味津々といった様子でラヴァリルがこちらを覗き込んでいた。

「気になるならおいで。君も話を聞くといい」
「やった! おっじゃましまーす!」

 ラヴァリルのはしゃぐ声に、すぐさまライナが視線で「静かに」と嗜めた。ちろりと舌を出して誤魔化すラヴァリルが、ちょうどシエラの向かい側の席に腰を落ち着ける。

「陛下、いったいどうしたんですか? いつもならメモだけ渡して本を持ってこさせるお方が、珍しい。それに、お話って?」

 基本的に、ユーリが気にいった本や必要な書物は、彼の自室に置いてあるらしい。それでも気まぐれに読みたくなったものがあれば、青年王は誰かに――主にエルクディアやライナだそうだ――その本の題名を書いて渡し、仕事のついでに持ってこさせるという手段をとっていたのだという。
 だからこそ、不審に思ったのだろう。ライナは少し驚いたような、その裏を感じ取って怪しむような、そんな口調で尋ねた。
 警戒心を剥き出しにするライナに苦笑したユーリは、形よい指先で広げられていた本を戯れにつつく。指先が示す文字を追ってみたが、どうやらその行動に意味はないようだった。

「少し、頼みがあってね」
「頼み?」
「あー、聞かなくていいよ、シエラ。こいつの頼みはろくなもんじゃないから」
「それが一国の主に向かって言う言葉かな、エルク?」
「ならもっと一国の主らしい振る舞いをお願いしますよ、ユーリ陛下」

 棘を含んだエルクディアの台詞をさらりと受け流し、ユーリは本棚の向こうへと姿を消した。しばらくすると戻って来て、エルクディアとシエラの間に割り込むようにして手にした本を机に広げる。
 薄いそれは、どうやら地図帳のようだ。山間の地図の上に、今度こそ意味を持ってユーリの指先が触れた。

「この国の南に、小さな村がある。ちょうどこの辺りだ。そこで少し、奇妙な魔物が発生してね。君達に討伐してきてほしい」
「奇妙な魔物、ですか?」

 シエラと同様に、ライナも不思議そうに首を傾げていた。前回も思ったが、ユーリの持ってくる討伐の依頼はひどく曖昧だ。はっきりとなにがどうといった説明などされない。ライナは「普段はそうじゃないんですけれど」と言っていたが、普段のユーリを知らないシエラからしてみれば、「いい加減」という印象しか受けない。
 横から突き刺さる新緑の視線を物ともせず、青年王は優雅に頷いてみせた。


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