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 深い赤茶けた土が、次から次へと荷車へと乗せられていく。辺りには、土と汗、そして植物独特の匂いが立ち込めていた。
 月明かりが、男と彼の自慢の子供達を静かに照らしている。子供達は皆大きく、綺麗なオレンジ色で重みのあるものがほとんどだった。行儀よく畑に整列した彼らに新しい寝床を作ってやろうと、男は荷車を引いて畑の中ほどまでやってきた。
 立派に育った一つを愛おしそうにしゃがみ込んで撫でた彼は、微笑を子供達に向けるとゆっくりと立ち上がり、傍らに寄せておいたシャベルを手にし、荷車に乗せられていた栄養たっぷりの土の山にぐさりとそれを差し込んだ。

 優しく土を畑に入れ、また少し移動しては土を入れる。
 その作業を飽きることなく繰り返していた彼は、中年太りで出てきた腹をさすりながら、手の甲で額の汗を拭って辺りを見渡した。
 最近、彼はとても憤慨していた。彼の命の次に大事な畑が、何者かによって荒らされているのだ。
 端整込めて育てた子供――カボチャを食い漁り、駄目にしてしまう不届き者がいる。
 おそらく近くの山から下りてきた野生動物だろうが、たとえそれが人間だろうが熊だろうが犬だろうが、彼には許せない相手であることには変わりがない。
 だからこうして、普段なら昼間に終わらせてしまう作業をわざわざ夜に回してまで、見回りを強化しているのだ。彼にとって、大切な作物が傷つけられることほど腹立たしいものはない。
 ふんっと鼻息荒く気合を入れた彼は、荷車の先にかけておいたランタンを、シャベルを持っていない方の手に取った。カボチャの大きな葉を足首の辺りに感じながら一列一列見回っていく。
 二列目の折り返し地点までやってきたところで、彼はその異変に気がついた。

「……ん?」

 闇の奥深く、彼の立っている場所から遠く離れたところで、硬いカボチャを砕くような音が聞こえる。風でないものが、がさがさと不気味に葉擦れを立てていた。

 ――来た。

 断続的に聞こえてくるカボチャに喰らいつく音は、男にとって待ちに待ったものであり、同時に悪逆無道の知らせでもあった。
 彼は手にしていたランタンの中の火をそっと吹き消し、相手に悟られないよう慎重に歩を進めていく。
 月明かりの下、蠢く影は見当たらない。ということは、小動物だろうか。一歩一歩を静かに踏みしめ、彼は音の聞こえる場所のすぐ近くまでやってきた。
 鮮明に耳に入ってくる憎たらしい音に今すぐ飛びつきたい衝動に駆られるが、それを理性で押さえ込んで卵を扱うかのように丁寧に暗くなったランタンを地面へ置き、しっかりとシャベルを構えて目を凝らす。
 闇に慣れてきた瞳は、彼の大事な大事なカボチャに被さる小さな影を見とがめた。それがなんの生き物かは分からないが、あまり大きくないということは確認できる。
 可哀想だが、一度痛い目を見てもらわないと仕方がない。
 男はそう思い、心の中でひっそりと神に無実を訴えてから、大きく一歩を踏み出して勢いよくシャベルを振り下ろした。
 ひゅっと金属が唸りを上げる。

「――え?」

 確実に影を捉えたはずのシャベルの先は、ガキンという鈍い金属音を奏でて動かなくなってしまった。
 男が驚きに目を見開く。平たい部分が地面と並行になるように振り下ろしたので、鋭い側面が生き物もしくはカボチャに刺さってしまったということはない。
 気配を察した生き物が逃げ出したとしても、カボチャに激突したにしてはこの音は妙だった。
 彼は慌ててシャベルを持ち上げようとしたのだが、どれほど力を入れて引っ張ってもびくともしない。これは本格的に危ないと本能が危険を察知し始めたそのとき、金属をへし折るような嫌な音が彼の鼓膜を叩いた。
 握った柄の先から伝わってくるびりびりという振動に、心臓が急激に冷えていく。
 恐怖が全身を覆いこみ、みっともなく震える手はシャベルの柄を離してしまった。柄の部分がとさり、と、柔らかな土の上に沈んでいく。
 なおも続く破壊音に耳を塞ぎたくとも、恐怖に凍りついた体は言うことを聞かない。
 そんな状態であるのだから、当然逃げ出すことなどできるはずもなかった。

「ひっ……」

 突然、足元に落ちていた柄が、ゆっくりと宙に浮いた。
 男の喉からは悲鳴ともつかない引き攣れた音が漏れ、夜の畑に吸い込まれるようにして消えていく。
 自然と柄の行方を目で追って、彼は激しく後悔した。
 漆黒の闇に浮かび上がった一対の火の玉が、ぎらぎらと光を放っている。
 片方は血をより濃くしたような赤紫。もう片方は、深い湖底を思わせる青緑だ。どちらもが宝石のように済んでいるが、火の玉――おそらく瞳だろうそれは、気味悪くニ、三度瞬いて、後方から夕陽の輝きに似たオレンジ色の光を発した。

「っ、ぎゃああああああ!」

 男の悲鳴と、影の咆哮が夜の静寂を切り裂いた。



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