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「……参ったな」
「へっ?」
「いや、なんでも。あ、そうだ。せっかく綺麗な格好してるんだし、一曲踊るか?」
ホールから流れる曲が、ここでもかすかに聞こえている。月明かりの下で一曲、というのも乙だろう。
しかしシエラは途端にぴたりと口を閉ざし、担がれるような体勢になっていた身体を緩慢な動作で起こした。一変した雰囲気に、エルクディアが口ごもる。
「――ぜっっったいに、嫌だ」
あまりにも力の込められた一言と、見る者を射殺しそうな眼力に、エルクディアの顔が引きつる。
「え、っと。やっぱり踊れなかったりする、のか……?」
「違う!!」
苦笑交じりに尋ねられた瞬間、シエラはエルクディアを突き飛ばすようにしてその腕から逃れた。着地した途端に転びかけ、パルダメントゥムがはらりと滑り落ちる。
猫のように毛を逆立てるシエラに、今度はエルクディアが噴き出す番だった。
「あー、はいはい」
「わっ、笑うな! それに勘違いするな! 踊れないのではない、踊ったことがないだけだ!」
「つまりは踊れないってことだろ?」
「違うっ!」
「強情だな。別に恥ずかしいことでもないのに」
「だからっ、違うと言っているだろう!!」
否定すればするほど、エルクディアは破顔する。その横っ面をひっぱたいてやろうかなどと考えていたら、急にわしゃわしゃと頭を撫でられた。
悪意など微塵もないその手のひらに、シエラはぶすくれたまま押し黙る。
「はいはい、分かった分かった。踊れないんじゃなくて、踊ったことがないから、踊り方が分からないだけなんだよな?」
「……そう、だ」
「なら今度教えてやるよ。教えたら踊れるんだろ?」
「とっ、当然だ!!」
しまった。反射的に答えてしまった。
いまさら引っ込みもつかないので、シエラはぷいっと顔を背ける。
意地悪い笑みを浮かべるエルクディアが、もう一度パルダメントゥムを肩に掛けてきた。
「ほら、早く戻るぞ。風邪なんて引かれちゃかなわない」
――こんな風に優しく手を差し伸べられるから、どうしたらいいのか分からなくなってしまうのだ。
+ + +「ねー、そろそろ……かな?」
「……だろうな」
「なんか報告するようなことってあったー?」
「入手した情報すべてだ」
「そっかそっか。これって纏めたりとかしなきゃ駄目なのかな? そーゆーの苦手なんだけど……。まあいっか。それにしても、ここってさー……」
ぐしゃり。
深紅の花びらが、血のように手から舞い落ちる。
「ほんっと、息詰まるよねー
花びらと同じ深紅の唇が、きゅう、と妖しく三日月を形作った。