7 [ 117/682 ]

「……そういえば、シエラ様」

 すう、と、オリヴィエの声が冷えた。
 彼の琥珀色の双眸が、獣さながらの鋭さでシエラを射抜く。その威圧感に震えた体を誤魔化すように、シエラは居住まいを正した。
 静かに諭すような、この雰囲気。明らかに怒っているくせにそれを押し出すことなく、言葉のあちこちに怒気を含ませたこの口調。
 ライナの嫌味とはまた違い、たしなめるような雰囲気を持つこれには、覚えがあった。
 シエラの父親、ロエルの叱り方にそっくりなのだ。普段はぼうっとして抜けているくせに、怒るときは静かながらもはっきりと怒気が伝わってくる。いっそ怒鳴ってくれれば楽なのにと、何度思ったことか。

「なぜ、あのような場所にお一人でおられたのですか? あのあと、城の者に聞きましたところ、敷布を頭から被ったシエラ様が城の中をふらふらと彷徨ってらした――と。よりにもよって、供の一人もお付けにならずに」
「それは、ユーリが!」
「陛下が? ――仮に陛下がなにを仰ろうと、シエラ様ご自身の存在について自覚を持っていただかねばなりません。総隊長殿を振り切って逃亡なされたと伺ったときは、我が耳を疑いました」
「あ、いや、それは……俺も悪かった」

 気まずげに頬を掻くエルクディアをさらりと無視して、オリヴィエがシエラの前にずいっと出てくる。

「今回の式典も、神の後継者としての立派な務めではないでしょうか。このような日に、たったお一人で無闇に行動されることがどれほど危険か、お考え下さい。お分かりになりましたら、速やかに会場にお戻り下さい」

 これ以上の手間をかけさせるな。
 言外にそう言って、オリヴィエは再び出て行こうとする。その腕をがっちりと掴み、引き止めたことに驚いたのは他の誰でもないシエラ自身だった。

「『危険』なのは、お前達の警備が手ぬるいからではないのか? 妙な連中を招き入れ、易々と逃がしたのはそっちだろう!」
「その件についての不手際は、誠心誠意謝罪いたします。ですが、シエラ様ご自身の浅慮さも自覚していただかなければなりません」

 顔色一つ変えない冷ややかな物言いに、シエラの眉がぎりっと歪んだ。
 深々と頭を下げられてしまっては、それ以上なにも言い返すことができない。きゃんきゃん吠え立てるのは簡単だが、それではただの子供だ。 

「不審者の捜索は、リーオウと一般兵の手の空いている者で捜索しております。ベスティア公子につきましては、文官の方々に――……総隊長殿? 聞いてらっしゃいますか?」

 険悪な雰囲気の二人を尻目に、エルクディアは大きな窓を押し開け、じっと外を眺めていた。冷えた夜風が、悪戯に三人の肌をくすぐっていく。窓枠に腰掛け、彼はなにやら考え込んでいるらしい。
 ああうん、と生返事を返されたオリヴィエは、僅かに気分を害したようだった。

「なにか怪しい者でも?」
「いや。……まあ、これくらいならいけるか」
「……?」

 意味を解さないオリヴィエに微笑みかけて、エルクディアがシエラを手招きする。

「なんだ?」
「なあシエラ、ちょっと聞きたいんだけど、会場には戻りたいか?」
「嫌に決まっているだろう、あのように息の詰まる場所」
「だよな。なら、ちょっと来い」

 真っ直ぐに伸ばされた腕が呼んでいる。誘われるままに一歩踏み出したが、かつんと響いたヒールの音ではたと立ち止まる。
 一体エルクディアはどういうつもりなのだろう。そんな戸惑いに痺れを切らしたのか、中途半端に持ち上がっていたシエラの手を掴み、ぐっと引き寄せた。「わっ、」当然たたらを踏んだシエラが抗議の意味を込めて睨むが、彼はどこか楽しそうに笑っている。

「総隊長殿?」
「悪いな、オリヴィエ。主の願いは叶えてやるのが、騎士ってもんだろ?」
「え……!」

 その笑みは、悪戯を思いついた子供と相違なかった。まさか、とオリヴィエが瞠目する。
 訳も分からないうちに腰の辺りに腕が回され、気がつくと爪先がふわりと浮いていた。近すぎる体温に、かっと頬が熱くなった。
 抱き上げられたのだと気がついた瞬間、自分の意思とは関係なく景色が目まぐるしく変化した。熱を持った頬が、一気に冷たい外気に曝される。

「さてと。しっかり掴まってろよ、シエラ!」
「え、っ――!!」



[*prev] [next#]
しおりを挟む


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -