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 ――この目は好きじゃない。
 静かに、けれど深く押し入ってくる目は苦手だ。ユーリのように覆い隠すものがない分、すっきりしていてまだマシに思えるけれど、それでも。頭の中を無遠慮に探られているような気がして、どうにも落ち着かない。

「なんでもないって顔してないけど……なにがあった?」
「なにも。気にするな」
「どんな些細なことでもいい。なにか気づいたことがあるなら言ってくれ。でないと俺達は、動きようがない」

 不審者の件などとは一言も口にしていないのに、どうしてそうだと決めつけているのだ。核心を突かれ、悔し紛れに唇を噛む。オリヴィエは己の立場を弁え、沈黙を守って上司の言葉を待っている。
 別に隠す必要などないし、言えばいいのだと――いや、むしろ言った方がいいのだと分かっている。それでも貝のように口を閉ざしてしまうのは、妙に凝り固まった意地のせいだ。
 言えと言われるほどに口が開かなくなるこの性格を、カイはよくからかった。馬鹿にしているというよりは、呆れたように。
 お前はほんっとに、面倒な性格だよな。彼はそう言って、追求の手を緩めてくれた。
 しかしここにいるのは、彼のように生易しい人間ではないのだと、シエラは思い知る。
 視線や醸し出す空気に促され、シエラは渋々口を割った。

「……会話が、聞こえた。だが、見えたのは一人。それは、どういうことだ?」

 不穏な会話を聞いた。薔薇園の茂みの向こう、闇だけが支配するその空間から、穏やかでない単語が交わされるのをシエラは確かにその耳で捉えたのだ。
 エルクディアとオリヴィエが、苦々しく眉を顰めた。すぐにエルクディアが確認する。しかしオリヴィエは不快でたまらないというような表情で、小さく首を振っただけだった。
 シエラがいることなど忘れた様子で怒気を露わにする彼らを前に、彼女はだから嫌だったんだと唇を尖らせた。
 肩に掛けられていたパルダメントゥムを手繰り寄せ、ぎゅっと巻きつけて外気を遮断する。
 謹厳実直で、実際に就いている立場もそれなりの男達だ。こんな事実を突きつければ、どうなるかくらいシエラとて想像はできた。
 自己嫌悪に浸る男など、どう扱えばいいのかさっぱり分からない。声をかけることもできなければ、そのまま放っておくのも息苦しいのだ。だから、言うのは嫌だったのに。
 しかしそうもしていられないと悟ったのだろう。
 エルクディアがなにやらオリヴィエに耳打ちすると、彼はさっとその顔色を変えた。

「ベスティア!?」

 思わず聞き返してしまったのだろう。はっとしてオリヴィエはシエラの方を見たが、残念ながらはっきりと聞こえてしまっていた。
 ベスティアといえば、ライナが言っていた『仲の悪い国』のことだ。確か、何番目だか忘れたが、公子が二人ほど来ていると聞く。それが一体どうしたのか。
 シエラの問いかけに、オリヴィエは深く息を吐いてエルクディアに頭を下げた。
 気にしていないと言いつつも、エルクディアの顔色は晴れない。

「……なんてことはない、ただのお客さんだ。ベスティアについては大体知ってるだろうけど――まあ、うち(アスラナ)とは現在も敵対関係にあると言っていい。そんな背景がある中のこの式典で、公子達の姿が見えない。動きの制限はしていなかったから、別に不思議じゃないけどな」

 招かれた人々の行動が規制されることはなく、式典中も立ち入り禁止の場所でなければ自由に見て回ることが可能だ。ずっとその場にいなければならないわけではない。現に、各国の貴族達の姿を城内のあちこちで見かける。
 けれど、ある種王家の人間は特別だ。否が応でも存在が目立つ。特に『あの』ベスティアの公子ともなれば、人々の注目も並ではないだろう。好奇の目にさらされ、自由に動きにくい――はずだった。

「いつの間にか、二人が来賓席から消えていた。誰も気づかない間に、だ」

 エルクディアが明言することはなかったが、つまり彼らはベスティアの公子らを疑っているのだろう。
 一人ではなく二人、ということの説明もつく。
 考えられる理由ならいくらでもあった。シエラにはよく分からないごちゃごちゃとした政治的な事情も、そこには複雑に絡んでいるのだろう。
 シエラに聞こえないようにエルクディアとオリヴィエはいくつか言葉を交わし、情報を共有したようだった。
 すぐにでも退室しようとしたオリヴィエが、扉の前で踵を返す。



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