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「馬鹿ですね、あの騎士。殺しちゃったら面倒な挙句、情報が聞き出せないじゃないですか。こういうのは、生け捕りが基本でしょう? それに、総隊長なんて言っても大したことなさそうじゃないですか。素人目にだって、無駄な力が入ってるのが分かるんですよ?」
「……ああ、だからか」

 動き自体に無駄はない。むしろエルクディアはほとんど場所を移動していない。
 すべて相手が飛び込んでくるのを待ち、その力を利用して斬り伏せている。だが、剣を振るう力は遠目で見ていても無駄と思うほどだ。相手に一撃を叩き込む際、しっかりと両手で柄を握って体重を乗せている。
 ――叩き込む?
 はっとしてゲルトラウトは目を凝らした。まさか。浮かんできた考えを彼は即座に否定した。
 なれど、地に伏す刺客達の姿を見て愕然とする。

「ルーイ……アイツ、殺してねーみたいだぞ」
「え? だって、あんなに思いっきり斬りつけて……」
「鞘に収めたまま、な。なんだってあんな真似してんだか」

 素早く刺客の背後を取り、刃を隠したままの長剣が刺客の後ろ首に下ろされる。
 再び起き上ってきた者達が三人がかりでエルクディアの動きを封じようと、その腕や首に絡みつく。
 そこで初めて、騎士長の顔が歪んだように思えた。
 右側の刺客の足を払い、体勢が崩れたところで背後の刺客に肘を入れる。
 一人二人と倒れていく様子を見ながら、ルードヴィッヒが不満そうに唇を尖らせた。

「やっぱり馬鹿ですよ、あの騎士。いくら相手が弱いからって、剣を抜かずに戦うなんて。あんな重たいもの鞘つきで振り回すなんて、体力削るだけじゃないですか」

 その通りだ。そもそもアスラナ王国が誇る王都騎士団の総隊長ともなれば、剣を抜いて戦っても殺さない程度の加減はできるはずだ。
 彼が一気に斬り伏せる、手加減のしようがない戦い方を主としているならば話は別だが、今の動きを見ている限りそうとも思えない。
 これでは生け捕りのためという理由の他に、別の理由があるような気がする。
 最後の一人を叩き伏せ、エルクディアは長剣を腰に戻した。時間にしてみれば、あっという間と言ってもいいだろう。
 ルードヴィッヒの言うように、刺客の腕はそう高くはなさそうだった。それでも、攻め方によっては十分に引けを取らない戦いができたはずだ。
 興味をなくして離れていった弟から騎士長に意識を戻すと、ふいに顔を上げた彼と目が合ったような気がして、ゲルトラウトは瞠目する。
 この部屋の明かりはつけてはいない。見えてはいないだろうに、騎士長はまっすぐにこちらを睨み上げていた。

 騎士は残酷な生き物だ。
 主のためなら、躊躇なく人の命を奪う。彼らの忠誠は絶対で、主を裏切るような騎士は容赦なく屠られる。
 主のために生き、主のためにその身を散らす。 
 それが騎士のすべてであり、本望であると言われている。
 だからこそ、騎士には心を殺す必要があった。剣を握り、同じ人間を前に命を懸けることなど、通常の精神ではいつか破綻してしまうだろう。
 血に溺れ、狂気に染まることがないよう、主のためという大義名分で自分の中にある罪悪感を掻き消している。
 無論、元より戦闘に快楽を見出す者もいるのだろうが――それでも、彼らには血に惑わされぬよう、金剛石よりも遥かに堅い心を持つことが要される。
 ゲルトラウトには、到底理解できない生き物だ。
 誰かに自分の命を捧げるだなんて、馬鹿げている。この命は他の誰でもない、自分自身のものだ。それを誰かに預けた挙句、体まで戦場に捧げるなど正気の沙汰とは思えない。

 己の欲で戦場に立つ兵士らの気持ちは、まだなんとなく理解できる。嗜虐的な思考を持つか、富や名声を望んで剣だの槍だのを振り回す連中の方が、よっぽど『マトモ』だと、そう思っている。
 そういった連中は、肉を斬り、血を見て神経を昂らせる。それはあの騎士長も例外ではないだろう。 
 けれど彼は、一切の血を流さない戦いをした。手間のかかる方法で。下手をすれば、自分の命さえ脅かされる方法で。
 まるで、血が流れることを恐れたようなやり方だ。賢いとは言えない。

「――血を嫌う騎士、か……?」

 ねえゲルトラウト、せっかくだからなにか素敵な贈り物をしましょうよ。ほら、どうすればいいか考えなさい。いいこと、最善の道を選ぶのよ。
 くつくつと笑う母の顔を思い出して、ゲルトラウトは窓に爪を立てた。
 刺客達を彼らの外套で縛って転がしたエルクディアは、走ってその場を去っていく。
 残されたのは闇と、完全に気を失った五人の『贈り物』だけだ。
 死んでいない。血が流れない。 
 どくりと大きく心臓が跳ね上がる。ルードヴィッヒが声をかけてくることにも気づかず、ゲルトラウトは窓に張り付いていた。



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