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 星空が貴女を祝福する。
 月のすぐ傍で星が瞬き、飾るように光の軌跡を描いていく。
 手を伸ばして。
 今は触れられずとも、貴女、いつか届くから。


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「今度はどこに行くんだ」
「塔だよ」

 「塔、」と復唱して、シエラはぐるりと首を巡らせた。
 一口に塔といっても、アスラナ城の敷地内にはそれこそ数え切れないほどの塔がある。その中でも彼が目指しているのは、時計塔から少し離れたところにある、高さはあれど広さはない塔らしい。
 しかし自覚のないうちに気疲れしていたらしく、目的の塔に辿り着く前に目眩がシエラを襲った。慌てて目元を覆う。
 ――大丈夫だ、引っ張られない。
 外回廊の長椅子(ベンチ)に腰掛けて一休みする。
 大丈夫かと背をさすられるがままの状態で、シエラは気になっていたことを口にした。
 塔につけば話してくれるのだろうが、待つ必要もない。

「先ほどの男、あれは誰だ。アイツはどうなった? あの場に置いてきてよかったのか」

 するとエルクディアが驚いたように目を丸くさせたので、シエラは思わずむっとした。「なにがおかしい」唇を尖らせて言えば、彼は慌てて首を振る。

「ああいや、俺はてっきりさっきのことを聞かれるかと思って……。ええと、男っていうと――薔薇園の、だよな? あれは王都騎士団六番隊隊長、オリヴィエ・ブラント。見ての通り謹厳で、下手したら俺よりも忠誠心の厚い奴だよ。年は俺より上だけど、一向にあの態度を崩そうとしない。シエラも前に一度、会ったことがあるはずだ」

 覚えがなくて首を傾げると、苦笑交じりに説明してくれた。
 シエラにとっては初めての式典のときに、顔を合わせているのだという。確かに何人かの騎士とは挨拶したような気もするが、記憶にはない。ただぼんやりと、名前だけが霧のように残っている。
 それもそのはずだと彼は笑った。少しだけ視線を他方に滑らして、当時を思い出すように。

「あのとき、ラヴァリルと眼鏡が天井に大穴開けて落ちてきただろ? そこでお前とライナを頼んだ相手がオリヴィエだ。真っ暗だったから、顔を見てないのも仕方ないさ」

 星の名を宿す十三隊のうち、獅子を意味するリーオウの頂点に立つ男。
 赤茶けた短髪に、吊り上がった琥珀色の双眸。右目の目尻から頬に向かって走る傷跡が印象的で、その堅苦しい雰囲気からして獅子という称号はぴったりだ。
 誰よりも己を厳しく律し、猛々しく獲物を狩る。その咆哮は戦場を揺るがせ、研ぎ澄まされた牙と爪は折れることがない。 
 だから心配しなくていいんだよ、とエルクディアは自信ありげに言う。 

「ならば、お前の言う『さっき』はなんだったんだ。なぜ私があんな場所に押し込まれねばならない」
「あー……えっと、うん。さっき、のはだな……」
「はっきりしろ」
「分かった分かった、ちゃんと言うって言ったもんな。――あれは、妙な気配を感じて見に行ってたんだよ。薔薇園でのこともあるし、賊の類かとも思ったんだが違った。俺の勘違いだったみたいだ」

 嘘だ。直感的にそう思う。
 エルクディアの言葉にも表情にも、なにかを隠しているようなそぶりはまったく見られない。
 安心していい、心配しなくていい、と告げる言葉に嘘偽りはない。
 だからこそ、彼の勘違いが嘘になる。
 彼ほどの騎士ならば、確かに感じた気配が『勘違い』で済んでこれほど晴れやかに笑うはずがない。あれだけ警戒していたのだ。
 ただの間違いで済ませるはずもないだろう。仮に彼の思い違いだったとしても、警戒心が解かれることはないはずだ。
 安心しろと言えるだけの状況を、彼は自らの手で作ってきたのだろう。
 それが一体どんなものかなど、シエラには分かるはずもない。
 戻れないかもしれない状況だったということだけは、おぼろげに理解している。
 これ以上なにか言ったところで無駄だ。やんわりと引かれた踏み込めない線から、シエラは一歩足を引いた。

「警備は万全ではなかったのか。この城は難攻不落の堅城だと聞いたが?」
「もちろん、万全の体制で臨んださ。予定では、な」
「予定では?」
「ああ。妙な虫が数匹入り込んだ。だが、侵入経路が不明だ。人が入り込めるような場所だけでなく、到底不可能なところにも兵を配置してたんだが……お前達聖職者が反応しないってことは、魔物でもなさそうだし」
「兵が見逃したのではないか?」
「そんな奴は初めから要所に配置してないさ」

 侵入者と内通してたら話は別だけどな、とエルクディアは苦虫を噛み潰したような顔のまま笑った。

「まあでも、それはないだろ。騎士団はもちろん、白黒将軍の配下にいる者がそんな芸当できるはずもない。絶対に――とは言わないけど、俺はそう信じてる」



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