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 今の気分はと聞かれたら、怪盗だと答える。
 純白の敷布(シーツ)を頭からすっぽりと被って、シエラはできるだけ人気の少ない廊下をもぞもぞと歩いていた。
 もぞもぞ。ほんの少し合わせ目から金の瞳を覗かせて、それこそ猫のように暗がりを進む。
 こうなってしまったのも、すべてはこの髪のせいだった。せっかく抜け出してきたというのに、蒼い髪をさらしていては否が応でも目立ってしまう。
 貴族達だけではなく、兵士や侍女まで騒ぎ出すものだから、追ってきているだろうエルクディアに見つかるもの時間の問題だった。
 城の者は話しかけてきたりしないが、そうでない者はここぞとばかりに群がってくる。
 なんとかそれを切り抜け、へとへとになった頃に辿り着いたのが台に乗せられた敷布の山だ。
 綺麗に折り畳まれ、山となったそれを一度見、シエラはきょろきょろと周りを見回してそうっと一枚拝借した。

 盗んだのではない。借りたのだ。あとで自分の寝台に使うつもりでいるから、咎められるいわれはない。
 人の多い所を避けてきたせいか、今いる場所には招かれた客人の姿はまったく見当たらない。銅像の影に潜んで様子を見るに、どうやらここは使用人達が利用する通路らしい。
 がちゃがちゃと音を立てて運ばれていく食器の台車の影に隠れ、シエラはしゃがんだ状態で廊下を進んだ。もぞもぞと。
 歩きにくい靴はどこかに脱いで置いてきた。
 代わりに今は、調理場から出てきた料理人が、なぜか脱いでいったぺたんこの靴を履いている。少しぶかぶかとしているが、それでも裸足で冷たい廊下を歩くよりはよかった。

 それにしても、と大鏡に映った自分の姿を見て疑問に思う。
 これほどまでに怪しい格好をしているのに、なぜ誰も気づかないのだろう。
 この城の警備はそんなにも甘いのだろうか。何度も兵士の前を通ったが、彼らがシエラに気づいた様子はなかった。
 それとも自分の隠れ方が上手いのか。そう思うと少し気分がいい。
 のろのろと進んでいた台車の影からさっと抜け出し、シエラは立ち上がって角に潜んだ。
 外に近付いてきたのだろうか。風の流れと、大広間で聞いたよりも騒がしい音楽がわずかに耳に届く。
 少し早まる鼓動を感じながら、そっと顔を覗かせた。不思議なことに、兵士の姿が見えない。さっきまであれほど見張りが立っていたというのに、誰もいないのは妙だ。
 そうは思ったものの、これ以上の好機はないだろう。
 よし、と気合十分に駆けだしたシエラは、半分も進まないうちに横の部屋から出てきたなにかにぶつかった。

「わっ」「うわあっ!」
「おっと」

 ぶつかった衝撃でたたらを踏み、長い敷布の裾を踏みつけて尻もちをつく。背骨を駆け上がる痛みが走り、頭から敷布がずり落ちた。
 痛みに顔をしかめていると、目の前にすっと手が差し伸べられる。

「大丈夫か?」
「気をつけろっ! 兄上にもしものことがあったら、貴様の首だけでは済まされないんだからな!」
「こら、落ち着けルーイ。前を確認してなかった俺らも悪い。立てるか? って、あんた、その髪……」

 ぎくりとして、シエラは手を差し伸べてきた男を突き飛ばすように立ち上がる。
 当然その傍らにいた少年から抗議の声が上がったが、しっかりと敷布を被り直してその場を逃げ出した。
 あとから考えてみれば失礼極まりないが、あそこで騒がれては水の泡だ。
 罪悪感を自己正当化で塗り替えて、シエラは息を切らせながら中庭に出た。
 全力で走ってきたからか、ひゅうひゅうと喉が音を立てている。肺が呼吸するたびにつきつきと痛んで、立ち止まると膝が笑った。

 ちょうどいい長椅子を見つけて一休みする。もちろん中庭にはそこらじゅうに兵士がいるので、姿を見られないように敷布で体をすっぽり覆って膝を抱えていた。
 突き刺さる視線を感じるが、誰も声をかけてこない。シエラと気づいていてそうしているのか、それとも警戒しているのかよく分からなかった。
 それに邪魔されないのならどちらでもいい。
 奥の方では民達が酒を煽り、上品とは言えない踊りを思い思いに披露している。
 式典というよりはただの宴会だ。そこにセルラーシャの赤毛が見えたような気がして、シエラは敷布をずらした。
 その瞬間、足元を掬うような突風が吹き、ぶわりと敷布が夜空に舞い上がる。

「あっ、待て!」

 待てと言われて、敷布が待つわけもない。びゅうびゅうと吹きすさぶ風に煽られ、空飛ぶ絨毯のように夜空を滑る敷布を追いかけた。
 ぎょっとした兵士が声を上げるがそんなもの知ったことではない。民が気づいて押しかけてくる前に、なんとかして敷布を取り戻さなければ。



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