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 表舞台はどうやら相当な盛り上がりを見せているようだ。その分裏方は忙しさを増す。
 貴族の出が多く、いつもは少しばかり澄ましたような女官達でさえ、額に汗を浮かべてばたばたと駆けずり回らねばならなかった。
 彼女らに比べれば普段から力仕事にも慣れている侍女達が、彼女らの様子を見てくすりと笑う。確執などない。アスラナ城で働く者のほとんどは仲がいい。
 けれどやはり、いつも余裕ぶっている者が自分達と同じように奔走する様を見るのはどこか気持ちがよかった。
 新しくやってきた賓客の世話を任された女官が、だっと廊下を駆け抜けていく。
 しかし角を曲がる直前で速度を落とし、しゃなりしゃなりと優雅に足を進め始めたのだから、おかしくてしょうがない。何人かの侍女仲間と声をひそめて笑い、大広間から聞こえてくる音楽に心を躍らせた。
 ねえ、と話しかけてくる友人の声が弾んでいる。彼女は確か、給仕を手伝う役目についていた。

「見た?」
「見た見た! ああ、美しいわ、ローラントさま……!」
「あなたベル皇帝が好みなの? あたしはあの方かしら。先ほどいらした、ホーリーの王子様。なんだかとても穏やかそうな方じゃない?」
「私は、顔だけならベスティアの公子様ね。あ、もちろん顔だけよ、顔だけ。末の公子様のあのお顔、ずるいくらい整っているもの」

 口々に話し出す友人達は、とどまることを知らない。他国とはいえ、王家の人間に見染められたらと思うと恍惚に胸が震えた。
 諌める者もいないせいか、やがて話は結婚後にまで及ぶ。どんな子供が生まれてくるか、どちらに似ているか、なにをして余生を過ごすか。
 きゃっきゃとはしゃぐ友人達を横目で見ながら、一人の侍女が呆れたように首を振った。
 水を差され、不満そうに皆の視線が集まる。

「だめだめ、分かってない。一番素敵なのはエルクディアさまよ。アスラナを守る黄金の竜! 普段はわたしたち下の者にもお優しくって、無邪気で子供みたいに笑ってくださるのよ。それが戦場では、誰もが恐れる竜の化身のようだと聞くもの。その差がいいのよ」
「あなたは昔っからエルクディア様贔屓だものね」

 くすりと笑われて、むっと唇を尖らせる。

「だって一番かっこいいもの!」

 思わずむきになって声を張り上げる。しまったと口を覆ったときにはすでに遅く、通りかかった女官長とばっちり目が合ってしまった。
 隅で硬直する侍女達の姿を見咎めると、普段は温和な女官長の眦がきゅっと吊り上がる。
 そして次の瞬間には、身も竦む叱責を受けるのだ。

「なにをしているのです、貴方達! 早く持ち場にお戻りなさいっ!」

 その声に、彼女らは逃げるようにその場を去った。


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 目の前をすり抜けていくシエラに、エルクディアは反射的に手を伸ばしていた。
 しかしその手は彼女に届くことなく打ち据えられた。容赦の欠片も見せない打撃によって、右手の先がびりびりと痺れてしまっている。
 動きの鈍くなった甲をさすりながらユーリに向き直ると、間髪を入れずに聖杖の先が眼前に突きつけられた。

「……どういうつもりだ、ユーリ」

 声を低くし、聖杖を振り払う。ユーリはくるりと聖杖を回転させて莞爾(かんじ)として笑い、さて、と首を傾げた。
 青年王を睥睨する目が、憤りを増す。

「なに、蒼の姫君が少々退屈そうにしていたからね。少しくらい楽しませてあげようかと思って」
「馬鹿かお前は! そんなことして、もしシエラになにかあったらどうするつもりなんだ!」

 自分よりも高い位置にある青海色の瞳を、ぎっと強く睨み上げる。
 離れないと言ったばかりだった。守るから、と一方的ではあったけれど、きちんと約束したのに。
 それなのに王によって引き離されるなど、ありえないにもほどがある。

「少なくとも城内では、あの子に危険が及ぶことはないよ」
「どうしてそう言い切れる? 第一、さっきだってアスマンの馬鹿息子が手を出してきたんだ! それに今日は、素性の知れない人間だって大勢来てる! 庭園にでも出てみろ、安全なんて保証しきれない!」

 今ならまだ間に合うと踵を返したエルクディアの手首が、瞬き一つ分の間に掴まれる。そのまま後ろ手に捻り上げられたかと思ったら、首に衝撃を感じて一瞬呼吸が詰まった。ぎりぎりと喉元に食い込んでくるのは、紛れもない聖杖だ。
 腕は解放されたが、がっちりと両腕で聖杖を固定されたせいで呼吸がままならない。
 悔しいことにエルクディアよりもユーリの方が幾分か長身であるため、背後を完全に取られたこの体勢は不利な状況だった。

「離せ。この杖、へし折られたいか」

 低く獣のように唸って告げる。視界の端で光を弾く緑の法石が、今このときばかりは憎たらしい。
 近くにいた兵士が何事かと驚きに目を瞠るも、エルクディアがねめつけると彼はすぐに自分の職務に専念した。
 本当はシエラを追ってほしいが、ユーリが彼にそれを告げるだけの声を出させてくれるとは考え難い。

「キミなら本当にやりそうで怖いね。でもとりあえずやめてくれるかな。替えはそう簡単に利くものではないからね」
「だ、ったら、さっさと離せ!」
「そうがなるな。大人しく話を聞いてくれるなら離してあげるよ。そうじゃないならこのままだ。まあもっとも、騎士長殿を簡単に抑え込めるとは思っていないから、それなりの手段はとらせてもらうけれどね」



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