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「ではリースがいるだろう! あれも一応、神の後継者の護衛だ! お前と踊らなくてはならない理由がどこにある!?」

 はて。なにをそんなに怒っているんだろうか。
 訳も分からずエルクディアは首を傾げた。
 自分はなにか、シエラを不快にさせるようなことを言っただろうか。不機嫌にする理由といえば、今は式典のことしかないが、それでもいきなり激昂するようなことはいった覚えがない。
 すると、彼女は自分と踊るのが嫌だ、とそういうことなのだろうか。それはそれで少し寂しい気もするのだが。
 だからといって、まったく見知らぬ人物に彼女を預けるわけにもいかなかった。
 仕方なしに魔導師の姿を思い浮かべるのだが、自然とその眉間にしわが刻まれていく。

「眼鏡なあ……アイツと躍らせるのは、俺が嫌なんだよ。それならライナに男装してもらうか、ユーリと躍らせた方がよっぽどマシだ」
「それでは答えになっていない! なぜお前である必要があるのかと、私は聞いているんだ」
「あのなあ、シエラ。そんなにも理由が必要なのか? お前が俺と踊るのが嫌なのは分かったけど、一晩くらい我慢してくれ。もし次にこういう機会があったときは、ちゃんと他の人を用意してもらうから。だからひとまず――そうだな、俺がお前と踊りたい。この理由じゃ駄目か?」
「なっ! なにを馬鹿げたことを……!」

 びくりと喉を震わせ、シエラはつんと顔を背けた。
 悔しそうに唇を突き出す姿がようやく年相応に見えて、こんな状況だというのに――いや、こんな状況だからか――安堵の息が漏れる。
 そうやって少しずつ気持ちを外に出していけばいい。怒ったり、泣いたり、笑ったり。彼女は人の子なのだ。
 いつか来(きた)るその日まで、自分らしくまっすぐに生きてくれればいい。きっとそれを、リーディング村の人々も願っているはずだから。

「なあ、シエラ」
「……なんだ。まだなにかあるのか」
「案外、本当に踊れないだけだったりしてな」

 拗ねるシエラが可愛くて、思わず口をついて出た言葉だった。断じて悪意などない。
 さらりと受け流すか一喝されるかのどちらかだと思っていたが、そのどちらの気配もなくてエルクディアの顔が半笑いのまま硬直した。
 俯いた彼女がどんな顔をしているのかは分からない。分からない、が。
 ゆっくりと、本当にゆっくりとその顔が持ち上がり、冷え冷えとした金の双眸がきつくエルクディアを睨み据える。

「――キャベツの下に埋まってこい」

 さすがは農村出身だと、現実逃避に乾いた笑みを浮かべるより他にない。


+ + +



 人形のようにドレスを着せられたシエラを見て、ライナは嬉しそうに「似合っていますよ」と言った。
 嬉しくない。思わずむくれたシエラの心境を悟ってか、ライナはおかしそうにくすくすと笑う。
 似合っているのは彼女の方だ。
 純白のすっきりとしたドレスに、薄紅色の肩掛け(ショール)を羽織っている。
 銀髪の毛先だけがゆるく波打ち、編み込んだり流したりと手の込んだ髪型だ。
 大きいとはいえない胸元には薔薇色の花飾りが留められ、そこから飾り結びを施した白い紐がゆらりと垂れ下がっていた。
 決して派手ではないが、人目を引く様相だ。
 堂々としたその振る舞いから、こういった服装に慣れていることがよく分かる。
 ふんわりと微笑む彼女に一瞥をくれ、シエラはそっと嘆息した。
 自分はといえば、肩から背中の空き具合が落ち着かず、結い上げられることのなかった髪が剥き出しの背に触れてくすぐったい。

 人の顔を画布かなにかと勘違いしているのか、侍女達が「羨ましい」だの「信じられない」だの騒ぎながら色々と塗りたくったせいで違和感がある。
 睫はさらに長く濃く伸ばされ、瞬きをするたびに不自然な重みが瞼に乗った。
 目の前にいる神官の方が、よほど可憐ではないか。
 余裕はあるけれど窮屈に感じる長手袋をはめたまま、シエラは勇ましく腕組みをした。
 容姿など生まれながらにして備わったものなのだから、褒めそやされたところでどうとも思わない。
 どうとも――というより、どこか靄の中にいるような、曖昧でむず痒い思いに苛まれた。

「ラヴァリル達はどうした?」



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