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「あっはは、あのなぁシエラ。いくらオレでもそこまで執着しないよ。第一、オレはもうたくさん貰ったから十分だ」
笑いすぎて涙の溜まった目尻を指で擦りながら、カイは言った。秘めた思いを悟られないように、緻密に痛みを隠しながら。
リアラ――シエラの姉で、シエラが幼い頃に他界している。年の離れた姉妹だったため、リアラはよくシエラの面倒を見ていた。
シエラも姉によく懐き、どこへ行くにしても姉の後ろをとてとてとついて回ったものだ。
リアラもカイも、当時はとても若かったが仲がよく、親同士も公認で将来的には結婚する予定だった。
そんな幸せな彼らを引き裂いたのは一匹の魔物だ。
とある仕事で王都へと向かっていたリアラを、残虐な魔物が文字通り引き裂いた。
魔物は、神の後継者の放つ強力な神気につられて現われる。神気は確かに彼らを祓う忌むべき力だが、同時にそれを取り込めば――また、その持ち主を殺せば自分達の身の安全は確保される。
そのため魔物は神気に引き寄せられるのである。
神の後継者の親戚は、それだけ強い神気に触れている時間が長いため魔物に狙われやすい。そのことを配慮し、村には強力な結界が張られているが一歩村から足を踏み出せば――考えたくもない結果を招くこととなるだろう。
そしてこのことで、シエラを責めた者は誰もいなかった。
皆が皆、お前のせいじゃないからと言って慰め、励まし、それ以降あまりリアラの話をしなくなった。
けれど、彼女を避けたり怯えたりする者がいたのは確かな話だ。
そのとき一番に彼女を恨むべきだったカイは、そんな村人達を一喝し、何事もなかったかのように普通に笑って接してきた。
――気にしなくていい。大丈夫か? つらくなったら、支えてやるから。
次々にかけられた暖かい言葉に、幼いシエラは涙した。
しかしそれは許されたことへの安堵の涙ではなく、許されることで締め付けられた胸の痛みによるものだった。
誰も責めてはくれない。
誰も罵ってはくれない。
自分のせいで大事な大事な姉が死んだのに、誰もが「気にするな」と言う。
気にしなくていいはずなど、そんなことがあるはずないのに。
誰か一人でよかった。面と向かって「お前のせいだ。お前がいなければリアラは死ななかったんだ」と責め立ててくれれば、それだけでこの心は軽くなったのだろう。
優しい言葉に、心臓をえぐられるような痛みを覚えなくてすんだのだろう。
余計なことまで思い出しそうになり、シエラはぐっと己の手のひらに爪を立てて意識を呼び覚ます。
俯いた彼女を覗き込むようにして体を折り曲げたカイが、心配そうに尋ねた。
「アイゼンさんたちに会わなくていいのか? ……最後、だぞ?」
静かに鼓膜を叩いたカイの言葉に、シエラが顔を上げて空に浮かぶ月の位置を見た。
随分と傾いているそれは、そろそろ王都からの使者が着く頃だと知らせている。
――これが、最後。今戻らなければ、もう二度と両親の顔を見ることはできないだろう。こうしている間にも、使者はやってくるかもしれない。
シエラとてそれは理解できていたが、彼女の足が動くことはなかった。
じっと見つめてくるカイの視線に耐え切れず、ふいと彼女は顔を背ける。
「カイ」
「んー?」
「お前、先ほど私を幼馴染、と言っただろう」
「それが?」
ちらりと冷ややかな眼差しでカイを一瞥したシエラは、そのままどこか面白くなさそうに言い放つ。
「四捨五入で三十路のお前が、十七になったばかりの私と幼馴染などと称して、恥ずかしくないのか」
「みそっ……シエラ! それは禁句だろ!?」
「うるさい童顔。年齢詐称で王都の作業員面接落ちた奴が偉そうに」
「なっ、それをどこで……!」
「父君が言っていた」
「ロエルさんーーーー!」
顔を真っ赤にして店に叫んだカイを冷たく見ながら、気づかれないようシエラは口の端をゆるめた。
ぶつぶつと何事かを呟く彼をぼんやりと眺め、そして己のシャツの胸元を握り締めると静かに瞼を下ろす。
大きく深呼吸して、やや高鳴っていた鼓動を落ち着けた。