「もういいっすか? 俺、まだやることあるんで」
「あ、待って。もう一つ聞きたいんですが、構いませんか?」
「……手身近にお願いします」
「どうもありがとう。アサヒくんって、ワコちゃんと一緒の部屋で寝泊まりしてるんですよね? どこまでいったんですか?」
「なっ、えっ、はあっ!?」
「アサヒくんも健全なオトコノコですから。どんな感じなのかなー、と思いまして」
誰もが絶賛する笑顔で首を傾げれば、アサヒは頬を引き攣らせながら無理に笑顔を作った。下手くそですね。思ったが、今度は心の中だけにとどめておく。
怒りか羞恥で顔を僅かに赤く染め上げた彼は、手にしていたタオルをきつく握り締めているようだった。
「別になんもないっすよ。ただの雑魚寝ですから」
「ふぅん。好みじゃないんですか?」
「アレは犬みたいなもんですから」
「ワンコちゃんですもんね。――抱き締めて、撫で回したくなりません?」
「――ッ、いい加減にして下さい! 俺もう行きますんで!!」
声を張り上げ、ずんずんと大股で脇を抜けていったアサヒに、ダイチは腹を抱えて床に膝をついた。「あっははははは! 若いですねぇ」あとからあとから込み上げてくる笑いが一向に止まる気配を見せない。
リノリウムの床にひぃひぃと酸欠状態になるまで笑い転げていると、向こうからやってきた同期の男が、なにやら気持ち悪いものを見る目で見下ろしてきた。
「…………なにやってやがる、ダイチ」
「っ、はは、くっ、ふはははっ! ひゃは、あっ、チア、ふははははっ!」
「……気持ち悪ぃ、お前マジ気持ち悪ぃ」
伊達眼鏡がカシャンと音を立てて床に落ちた。裸眼でもはっきりと見える同期の顔は、この上なく歪んでいる。端正な顔立ちをしているというのに、もったいないことだ。
もう時間では夜になったのだろう。廊下の窓には遮光カーテンが自動で引かれ、辺りがぼんやりと薄暗くなる。
アサヒの手荷物からして、彼は室内プールへ向かったのだろう。あそこは今の時間、夜が訪れる。満天の星空が投影された空間で泳ぐのはさぞかし気持ちがいいことだろう。
「ワコちゃんも誘ってあげればいいのにね」
「――はぁ?」
「あの子、泳いでるみたいって言ってたからさ」
訳が分からないと吐き捨てるように言われ、彼はさっさと見捨てて行ってしまった。
ようやく笑いが治まった頃、薄暗くなった廊下を一人歩きながらちらりとカーテンの向こう側を覗き見る。外は昼間としか思えぬほど、燦々と太陽の日差しが降り注いでいる。広がる青空、浮かぶ白い雲。月はぼんやりと空の端にかかっているが、ほとんどその姿は見えない。
これが夜というのか。自然は暗くなることを拒否したのに、人間達はそれに逆らって闇を求める。偽りの夜を。
いつだって僕らは嘘吐きだ。
くすくす笑って、見えすぎないように眼鏡をかけた。
「かわいいですよねぇー、ほんと」
あの無垢な子に意地悪するよりも、あの青年をからかう方がずっと面白い。
(君達はいったい、あの空をどんな風に見ているのかな)
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