空を飛ぶってどんな気持ち?
 かつて、同期の男に聞いたことがある。口が悪いあの男は今ではすっかり『上官』の空気が似合っているけれど、昔はそれなりにいろいろ失敗したり、情けない姿を晒したりしていたものだ。酒を飲みながらそれをたまにちらつかせれば、彼は決まって顔を顰める。「酒がまずくなんだろ」と言って安酒を煽る彼は、どこか子供のようにも見えた。
 そんな彼は、どう答えただろうか。酒の席での話だ。あまりまともな回答は得られなかったが、それでも彼らしい答えだった気がする。

 あの子にも、聞いたことがあった。
 小さくて、かわいくて、今にも吹き飛んでしまいそうなあの子に。
 二十歳を超えているとは思えないその外見で屈託なく笑われると、十代半ばにしか見えない。そんな無邪気な笑顔で彼女は言った。「泳ぐのと似てる気がします!」飛んで、滑って、青空を泳ぐ。ふわっと舞って、ぐんっと上昇して、がくっと下降して。雲の上を走って、山の頂上を頭の上に持ってきて、それから、それから――。
 ご褒美を前にした犬のように目を輝かせる彼女に、少しだけ意地悪をしたくなった。けれどあまりにも無垢な眼差しで見上げてくるものだから、からかいの言葉も舌の奥で足踏みをしてしまった。妙に懐いてくる無邪気な子犬。
 そんな子犬の柔らかな心に爪を立てるのに、うってつけの機会がやってきた。空を飛べなくなった子犬に、もう一度あの質問をすればどうなるだろう。
 物欲しそうに空を見上げ、仲間達の機体を愛おしそうに見つめ、戻ってくる彼らを小さな胸に迎え入れる。
 あの子は、どんな顔をするだろう。

「――ねえ、空を飛ぶってどんな気持ち?」



 廊下で見つけて、思わず声をかけていた。目の前の肩が跳ねる。振り向いたその顔は、強張っていた。

「……いきなりなんなんすか、ダイチさん」

「ちょっと気になっただけですよ、エースパイロットのアサヒくん。僕はほら、管制官なんで飛べませんから」

「別に、普通っすよ。気づいたら飛んでて……まぁ、気持ちはいいっすけど」

 そっか。
 あの子とは違う逞しい肩を叩き、ダイチは小さく笑った。「随分と頭の悪そうな答えですねぇ」思わず零れた毒に不愉快さを隠そうともせず、青年パイロットは舌を打つ。
 身長も顔立ちも平均点。けれど身なりと言動が面白く、男女共に人気だ。そんな彼はあの子にしょっちゅうひっついているせいか、マスターだの飼い主だのと呼ばれていたりする。中でも最も多い呼び名は、「お母さん」だったけれど。



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