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特別な日


 お誕生日おめでとう。
 思い切り抱き締められると、優しい匂いがした。恥ずかしいからやめてっていつも言っているのに、母さんは全然聞いてくれない。ぎゅうぎゅう俺を潰しにきて、本当に息ができなくなりそうになった。笑ってないで助けてよ。父さんに目で訴えたら、父さんは大きな手で俺の頭をわしゃわしゃ撫でてくる。違うよ、そうじゃない。助けてって言ってるんだ。
 でも、母さんも父さんも嬉しそうに笑うから、ちょっと苦しいことくらい我慢してやってもいいかな、って思った。
 誕生日にはいつも、母さんがとっておきのケーキを焼いてくれる。大好きなチョコレートケーキだ。中には木苺のソースが入っていて、それがちょっと酸っぱくて美味しい。でも、たっぷりのご馳走のあとに出てくるから、食べた後は少しだけお腹が苦しいのが困りものだった。
 俺がケーキのろうそくを吹き消して、母さんがケーキを切り分けている間に、父さんがでっかい箱を持ってきてくれた。「開けてごらん」そう言われてびりびりと包装紙を破くと、母さんから「もっと丁寧に!」と怒られた。こういう、口うるさいところは少し苦手だ。
 父さんからのプレゼントは、一番新しい飛行樹のラジコンだった。すごく立派なやつだ。こんなの、タノウも誰も持っていない。電池を入れたらちゃんと空を飛ぶ。それもただ飛ぶだけじゃない。ぐるっと一回転したり、垂直に飛ぶことだってできる。
 ずっと欲しいと思っていた。「なんで分かったの?」父さんに聞いたら、腰に手を当ててふんぞり返って「そりゃあ分かるさ」と笑われた。それじゃあ答えになってない。
 ああでも、嬉しい。さっそく飛ばしてみようか。

「母さん、電池どこ?」
「ケーキ食べてからにしなさい!」

 父さんと二人して肩を竦めて、こっそり笑い合った。父さんも早く遊びたかったに違いない。それからケーキを食べて、母さんからもプレゼントをもらった。父さんとは違って、小さな細長い箱だ。持った感じもすごく軽い。

「これなぁに」
「開けたら分かるわよ」

 勢いよく破って開けようとしたら母さんの目が光ったような気がしたから、できるだけ丁寧に包装紙を剥がした。なんだろう。鉛筆とかかな。それだったらあんまり嬉しくない。そうっと蓋を開けて中を見てみると、そこには鉛筆なんか一本も入ってなかった。
 中には、綺麗な蒼い石のペンダントが入っていた。牙の形みたいでかっこいい。青空と同じ色の石だ。

「オドントライトっていうの。ソウヤの誕生石よ。これね、うーんと昔の、獣の牙の化石なんですって」
「こんな色してるのに?」
「そうよ。すっごいパワーが秘められてる石なんだから! 花言葉って知ってるでしょう? 石にもそういうのがあってね、この石は『攻撃と防御』って意味があるの」

 俺の首にペンダントをかけながら、母さんが笑う。お揃いの、特別な翼がなければ見られない空の色をした目がまっすぐに見上げてくるから、少しくすぐったい。

「この石はね、心も身体もとっても強くしてくれるの。ソウヤにぴったりでしょう? でもね、母さんのだーいすきなダイヤモンドに比べると傷つきやすい石だから、壊さないようにあんまり暴れないでちょうだいね」

 ダイヤモンドの部分のときに父さんをちらっと見て、母さんが笑った。父さんも困ったように笑いながら誰もいない方を見ている。母さんは膝をついたまま、もう一度ぎゅうっと俺にしがみついてきた。いい大人なのに甘えん坊で困る。「さ、それじゃあ遊んでらっしゃい。でも明日も学校なんだから、早めに終わって寝るのよ」ほっぺたにキスをして、母さんはそんな風に言う。それやめてって言ってるのに、いつまで経っても聞いてくれない。
 でも、今日くらいはいいか。首に提げた牙の宝石を握り締めて、貰ったばっかりのラジコンを持って庭に飛び出した。俺のラジコンなのに、父さんが「まずは説明書通りに、」とか言いながらコントローラーを離してくれない。ケンカしそうになったら窓がガラッと開いて、母さんが顔を覗かせた。

「アマヤ! 今日はソウヤの誕生日でしょう!」

 いつもは俺ばっかり怒る母さんが、ぴしゃりと父さんを叱りつけて窓を閉めた。びっくりして父さんを見ると、父さんもびっくりしたように俺を見た。なんだかおかしくなって、二人でげらげら笑った。それから父さんは、俺にコントローラーを渡してくれた。
 隣で説明書を片手になにか言ってくるけど、俺には関係ない。だって、こんなのは感覚で分かる。ふわっと機体が浮いて、思いっきり夜空に向かって飛び立った。父さんが「うわっ」と情けない声を上げる。そのままぐるっと一回転させて、父さんの頭の上すれすれを飛んだ。

「すごいな、ソウヤは。まるでお前が乗ってるみたいだ」
「おじいちゃんみたいに?」
「ああ。父さんには才能がなかったが、お前にはあるのかもしれないなぁ」

 ――だってお前の目は、空の色だから。
 びゅんびゅん飛び回る飛行樹のラジコンを追いながら、父さんがそう呟くのを聞いた。しばらくすると交代してくれと頼まれたので、仕方なく父さんにも貸してあげた。父さんは俺よりも下手くそで、ひょろひょろになりながら飛ぶ飛行樹はなんだかおかしかった。
 「そろそろお風呂入りなさい」母さんが呼びに来たから、怒られる前に二人して家に戻った。母さんは「三人で入る?」なんて笑ったけど、冗談じゃない。俺はもうそんな子どもじゃないんだ、一人で入れる。そう言うと二人はくすくす笑って、俺を風呂場に送り出した。
 上がってくると母さんが頭を拭いてくれて、父さんが部屋まで肩車をしてくれた。だから、そんな子どもじゃないって言ってるのに。ベッドに入れば、二人して俺を覗き込んでくる。交互におでこにキスされて、我慢できなくなって少しだけ怒鳴った。「だから、子どもじゃないってば!」怒ってるのに、二人は笑う。「ごめんごめん」だなんて、全然ごめんと思ってないくせに。

「暑いからって布団を蹴って寝るんじゃないぞ」
「分かってるよ」
「ちゃんと目覚ましかけて、自分で起きるのよ。母さん起こしてあげないからね」
「分かってるって!」
「ソウヤ、」
「なに!」

 二人して声を揃えて呼ぶから、ちょっとイラッとして噛みつくように言った。それなのに、父さんも母さんも嬉しそうな顔をしている。

「「お誕生日、おめでとう」」

 父さんの手が、左頬に。
 母さんの手が、右頬に。
 優しく撫でられて、同じタイミングで離れていく。「おやすみ、ソウヤ」部屋の電気がぱちんと消えた。扉が閉まる。天井に貼った光る星形のシールが、ぼんやりと黄緑色の光を放っている。

 6月4日は、どうやら特別な日らしい。
 いつもいつも、父さんと母さんはこの日が来ると幸せそうな顔をする。
 俺はたくさんの人にお祝いしてもらえるし、プレゼントも貰えるし、ご馳走だって食べられるから、誕生日が好きだった。だから俺にとって6月4日は特別なのは分かるけど、でも、なんでだか二人にとっても、この日は特別らしい。

 ――早く次の6月4日がくればいいのに。

 寝返りを打った胸の辺りで、牙の宝石が音を立てた。



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