3 [ 64/193 ]



「……あ、あのね、ゼロ。ワカバ達、その……、と、とっ……」
「“と”?」
「ともっ、ともだちっ、だよね!?」

 なんとか声はひっくり返らずに済んだが、それでも情けないことこの上ない台詞だった。普段のワカバなら、もっとかわいく言えるのに。ほんの少しだけ袖を引いて、瞳を潤ませて、はにかみながら上目遣いで。それがなんだ、この体たらくは。もう一人の自分が全力で後ろ頭を叩いてくるが、過ぎた時間はどう足掻いたところで取り戻せない。
 返事を聞くのがこれほど怖いとは思わなかった。急に恥ずかしくなって、慌てて手を離して逃げ出すように「じゃあね!」と駆け出そうとした。その背中に、怪訝な声が投げられる。

「それがなに? なんで今さらそんなこと聞くの?」

 振り返った先にあったのは、心底理解できないと言いたげなゼロの顔だった。「変なワカバ」首を傾げながら零された一言は聞き捨てならないものだったけれど、今日だけは見逃してやろう。固まるワカバの脇を抜け、ゼロが追い越していく。
 たった一人残されたワカバは、隣接するヴェルデ基地から飛び立つ飛行樹の轟音を聞きながら、その場に崩れるようにして座り込んだ。小さな笑いが込み上げてくる。今すぐに大声で笑いだしたい気分だった。
 ――どうしよう、だって、だって、そんな。


 こんなの、初めてだ。


* * *



「……で、なんでその報告を俺にする。今何時だと思ってんだ」

 子どもなら泣いて逃げ出すだろう低い声で吐き捨てたというのに、端末の向こう側の子どもは興奮しきった声のままキャンキャンと騒いでいる。なにが悲しくて深夜三時にお子様の友情話を聞かされなければならない。深く寝入っているときのコールだったから、相手が誰かも確認せずに無意識に出たのが敗因だ。
 通話ボタンを押すなり矢のごとく突き刺さった甲高い声に、一瞬にして睡魔は退散していった。無理やり引きずり出された覚醒は、痛みと気だるさを連れている。一度話も聞かずに切ってやったら、二秒も経たないうちにリダイヤルされて余計に苛立ちが増した。電源を切る暇も与えない早業だ。

『聞いて聞いて聞いて、あのね! ワカバね、初めて素のままで話せる友達ができたの! 初めてだよ、初めて! すごくない!?』

 なんとも微笑ましい報告だが、深夜三時に人を叩き起こしてするものではない。

「よかったな、じゃあ切るぞ」
『ちょっと待ちなさいよもっとちゃんと聞いて! あのね、それでねっ』

 一応声は押さえているものの、ワカバの声は弾みっぱなしだ。この時間なら空学寮も消灯しているだろうに、同室の迷惑にはならないのだろうか。だから切るぞと遠回しに告げたのに、ワカバは「今お手洗いにいるから大丈夫!」と返してきた。まったくもって大丈夫じゃない。
 お気楽なお子様と違って、フローリストであるニノカタの朝は早い。起床時間まであと二時間もないのだ。それなのにこんなコールに付き合って睡眠時間を削られるとは今日はなんてついてない日だろうかと、まだ始まったばかりの一日を呪った。
 面倒だから己に執着することなどないようにと、完膚なきまでに叩きのめして振ってやったというのに、このお子様は訳の分からない宣言をして未だにニノカタに付き纏っている。見た目だけは確かに上等な部類だろうが、十も年下の子どもに恋愛感情など生じるはずもない。ましてや、振られた腹いせにドロップキックをかまし、それどころか銃を持った強盗犯三人をたった一人で戦闘不能に追い込むバイオレンス少女だ。メスゴリラの子どもとどうこうなる気はさらさらない。
 その初めてのお友達とやらとさっさと纏まってくれればいいものの、その報告を自分にしてくる辺り道のりは遠そうだ。これっぽっちも話を聞いていなかったニノカタに、責めるような声が刺さる。

『ちょっと、聞いてる!?』
「いや、まったく」
『はあああ!? 信じらんない、人としておかしい!』
「深夜三時にコールしてくるお前もな。分かったからもう寝ろ。今すぐ寝ろ。寝不足でぶっ倒れんぞ」
『ワカバそんなヤワじゃないもん。軍人舐めんな!』

 何度目かの「軍人舐めんな!」に、かつて顧客獲得のためにと処分品のガーベラをくれてやったことを、ニノカタは心底後悔した。どうやら自分は、とんでもない貧乏くじを引いてしまったらしい。
 掛け布団に包まりつつ「メスゴリラだもんな」と呟けば、優秀な端末はそれをしっかり拾い上げて向こう側に届けてくれたようだった。耳に押し当てずとも届く声量で、「ふざっけんな!」とワカバが叫ぶ。


 もしも過去に遡れるなら、絶対にあの日に戻って自分に言わねばならない。
 ――空学生には気をつけろ、と。


(2014.0520)


[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -