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act.5:これが実力!

 心強い味方を得た。
 未だかつて、ワカバが素を出して話し合える友達など存在しなかった。なんでも話せる。なんでも言える。ゼロはそれでもワカバを嫌いにならないし、一切の態度が変わらない。溜まったストレスはすぐにでも発散でき、これ以上ないほどの安心感が胸を満たしていく。
 しかし、どういうことか、悩みは次から次へとやってくる。ワカバはルームメイトが不在の部屋で、一人唸りながら端末のモニターを睨んでいた。恋愛指南サイトには、「相手の心を射止める方法」や「好きにならせる十の法則」などという言葉が躍っている。

「……惚れさせるためには、情報収集が必要だよね」

 あの腹黒眼鏡フローリストのニノカタの心を奪い、ワカバに骨抜きにさせてからすげなく振る。それがワカバの目標だ。そのためにはまず、彼の情報を得る必要がある。どんなものが好きなのか、休日はなにをしているのか。どんな些細なことでもいい。
 まだニノカタがあんな悪魔だとは知らなかった頃、涙ぐましい努力を重ねて得た情報は今さらなんの役にも立たないだろう。好きな食べ物程度は信用できるが、その他の情報に信頼性は皆無だ。だとすれば、どこから情報を取ってくるのがベストなのだろう。
 机に突っ伏して、端末の唸る音を聞きながら頭を働かせる。ニノカタと直接会わず、そして確実な情報を得られる手段。誰か身近な人からの情報収集か。けれど、あの二面性を知る者でなければ意味がない。ただの同僚では駄目だ。となると、思い浮かぶのは一人しかいない。

「ヴァハトさんだ! でもどうしよう、また通う? でもそれだと、絶対あの腹黒眼鏡にバレちゃうし……」

 淡い茶髪に菫色の瞳、背の高いモデルのような出で立ちの男。ワカバが知る限り、彼が唯一ニノカタの素を知る同僚だ。ニノカタとは違って丁寧で紳士的な男性は、最初こそ自意識過剰そうで鼻持ちならないと思ったものの、それが似合うのだと分かればさほど気にならなくなった。
 そのヴァハトとの接触方法を考えていた矢先、携帯端末が軽やかな音色を奏でた。確認すれば、懐かしい名前からのメールが届いていて目が丸くなる。一応連絡先は交換したものの、年始の挨拶程度しか交わしたことのない相手だった。

「……同窓会?」

 絵文字と顔文字でデコレーションされたメールは、小学校のメンバーでの同窓会の連絡だった。卒業以来、同窓会という形で集まったことは記憶にない。仲のいい友達同士で遊びに行くことはあったけれど、クラス単位で集まるのはこれが初めてだ。
 スケジュールを確認すれば、都合よくその日はなんの予定も入っていなかった。しばらく思案した末、「みんなのワカバちゃん」としては出席すべきだという結論に至って、喜んで参加する旨を返信した。どうせしばらく会っていなかったのだから、近況報告にはちょうどいいだろう。
 空学内の連絡メールとは打って変わって、キラキラと飾りつけたメールが電子の海を泳いでいく。ワカバの脳裏ではもうすでに、同窓会に向けてのコーディネイトが始まっていた。


* * *



「わあ、久しぶり〜」
「ほんっと、何年振りだろう! 元気にしてた?」

 指定されたカフェに着いた瞬間、目的の集団がどこにいるのかはすぐに分かった。そこだけどこか雰囲気が違うのが、遠目に見ればよく分かる。きゃっきゃと歓声を上げる若い集団は、店内に流れる落ち着いた音楽など掻き消す勢いで笑顔をばら撒いていた。
 ドアベルがワカバを迎え入れさえしなければ、その場で回れ右をしていたかもしれない。集団の誰かが目ざとくワカバに気がつき、よりにもよって大声で「ワカバ! こっちこっち!」と手を振ってきた。反射的に笑顔で手を振り返したが、他の客や店員から投げられる視線が痛く、恥ずかしさを必死で堪えながらテーブルへと向かうはめになった。
 ――ありえない、なんでこの人数でこのカフェなの? 騒ぐの分かってるんだから、もっと別な場所にしなよ!
 開催場所にまで口を挟む余裕のなかったワカバは、今さら文句を言うこともできず、内心で怒鳴り散らす以外の発散方法を取れない。
 壁が全面ガラス張りのオシャレなカフェは、木目の浮いた床板がぬくもりを与える落ち着いた雰囲気の店だった。差し込む陽光が観葉植物――これは造花のようだ――を照らし、天井から吊るされた半透明の葉っぱのオーナメントが緑の影を落としている。
 集まったのはワカバを入れて十六人。クラスの人数としては半分ほどだが、開催の二週間前に連絡が来たとなればそれも不思議ではなかった。

「久しぶり、ワカバ! 相変わらずかっわいいー! それどこのワンピ?」
「久しぶり。ありがとー。えへへ、このワンピース可愛いでしょ? サフィールってお店のなんだよ」

 コーラルピンクのワンピースは、総レース仕立てのものだ。赤いミュールに同色のハンドバッグを合わせて淡い印象を引き締めている。
 席に着くなり誰もがワカバを褒めそやす。それも当然だ、だってワカバはこんなにもかわいい。気合いを入れてセットしてきた髪も、ナチュラルに見えるメイクも、一切の手を抜いていない。それこそデートのときと同じくらいに時間をかけた。


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