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「事情は分かったつもりでいます。本来ならば国民に公表すべき内容ですが、無用な混乱を避けるためというのなら甘んじて口を噤みましょう。――ですが」

 セイランの穏やかな瞳が、鋭さを宿す。

「被害者である青鈍の隊員、並びにリュウセイ二尉に対する弔辞の一つでも頂きたいものです」
「なにを言うか。そもそも、青鈍の隊員が容易くテロリストを艦に上げたことが問題だろう。自業自得だ、かける言葉もない」
「なにをっ!」
「ナグモ、落ち着け!」

 飛び出しかけたナグモを、第一飛行隊の仲間達が制する。彼らも今すぐに飛び出したいのだろう。擦り合わせた奥歯がぎりりと音を立て、首筋には血管が浮かんでいた。殺気立つ隊員を前に、カラスの長はくつりと笑う。

「お前の噂は聞いている。我々事故調査委員会は、スイセイ一尉並びにリュウセイ二尉の事件関与の疑いが一切ないと判断したわけではない。またお前にじっくり話を聞くこともあるだろう」
「こ、のっ――、死肉漁りの陰険カラス共! まだ彼らを侮辱する気!? ふざけんな!」
「これだから軍人の女は……。セイビ、お前の見解を示してやれ」
「はい。――スイセイ一尉の救助行為には不審な点も多々見られ、無関係であるとの証明はできません。リュウセイ二尉の自殺によって、その疑いもより一層色濃くなりました。後ろ暗いことがなければ、そのような必要はございません。また、両名と親しい間柄にあった貴女の関与も否定できないのが現状です」

 ナグモよりも綺麗な黒髪が、さらりと流れた。
 涼しい顔、硬質な声。思えば直接聞くのはこれが初めてだ。機械を通さずに聞いた声は、より神経質そうな冷たさを持っていた。
 カラスの中では最も若く、上等な見た目だ。――綺麗な男をあてがえば、のぼせて簡単に口を割るとでも思ったか。

「……そしてこれは、私の個人的な感想ですが。リュウセイ二尉の死が感染によるものではなく、幸いでしたね」

 もう、なにも考えられなかった。
 誰を突き飛ばしたのか分からない。誰の手を振り払ったのか分からない。気がつけば人波を掻き分けてセイビの前に飛び出し、その首を掴んで壁に叩きつけていた。辺りが騒然とする。そのざわめきすら耳に入ってこない。

「なんて言ったの、今。ねえ、今なんて言った!? もっぺん言ってみろ、この喉、骨ごと砕いてアオニ緑湖に沈めてやる!」
「ナグモ曹長、離れなさい! ――ナグモ!」
「貴様、なにをやっとるか!!」
「ぐ、あっ……!」

 苦しげに喘ぐその声が、悲鳴に変わればいいのに。
 甘い蜜のような香りが近づき、力強い手によって無理やりセイビから引き剥がされた。喉を押さえて咳き込むセイビに、拳を、足を、すべてを叩きつけたい。どれほど暴れても、上背のあるセイランに羽交い絞めにされた身体はびくともしなかった。
 どうして邪魔するの。ねえ、どうして。

「ねえ、――ねえカラス、覚えてる? 私言ったよね、その首へし折ってやるって。言ったよね!? 殺してやる。絶対にっ、絶対に殺してやる! なにが幸いだって!? ふざけんな! どこがっ、なにがっ……!」
「ナグモ! 落ち着きなさい!」

 事故調査委員会の連中が次々にナグモを詰り、罵倒する。大きな問題になると声を荒げるカラス達のざらついた声を聞きながら、ナグモは必死に叫んでいた。
 蜘蛛の糸に絡め取られて身動きできずに無様な有り様となっても、それでも必死に抗い続けた。あのカラスを絶対に殺す。胸を満たす殺意に煽られ、瞳を濡らす涙が止まらない。

 その日、ナグモは数人がかりで引きずられ、車に押し込まれてリユセ基地へと帰された。そこから先はあまり覚えていない。泣き喚き、暴れ、見かねた医官に鎮静剤を打たれて眠らされたらしい。
 気がついたのは翌日の昼過ぎだった。ここ数ヶ月恒例となっている悪夢で目が覚めた。
 夢の中で、リュウセイが笑っていた。見たこともない場所で、二人はパスタを食べていた。どうやらセラドンらしい。
 ナグモは幸せそうに笑いながら、リュウセイに「彼氏様」の話をしていた。どれほど自分が幸せか、どれほど愛されているか、デザートのケーキよりも甘ったるく語っていた。リュウセイはそれを聞きながら、時折胸焼けしたようにうんざりした顔をする。
 笑って話をしていたのに、突然、リュウセイの唇から赤い血が流れた。パスタが、テーブルが、赤く染まる。ぽとりと落ちてきたのものは、彼の舌だった。声なき絶叫が聞こえる。助けられなくてごめん、支えになれなくてごめん、どれほど謝ってもリュウセイは許してくれない。嘆き、叫んで、やがて湖に沈んでいった。
 真っ赤に染まった湖から無数の腕が生えたそのタイミングで、ナグモはやっと飛び起きることができたのだ。
 目が覚めたとき、全身が汗でぐっしょりと濡れていた。あまりの気持ちの悪さに、ふらつく足でシャワールームへと向かう。汗を流して身体だけでもすっきりさせたが、気持ちはまったく晴れない。


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