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『ag-s2・青磁に告ぐ。貴艦は当面、現座標にて待機されたし。繰り返す。貴艦は当面、指示があるまで現座標にて待機されたし』
「は……? 待機ってなに、それ」
「おいおい、基地は目の前だぞ? 発艦準備するでもなく、ただ浮かんでろって?」

 本部からの指示はそれだけで、詳細はなにも降りてこない。誰もがこの異常事態に眉根を寄せた。なにがどうなっているのだろう。艦長の指示は。
 落ち着かぬ夜を過ごしたナグモ達は、翌朝になって待機の理由を知らされたのだった。


* * *



 空調の音だけが常に聞こえてくるような、そんななにもない部屋だった。
 簡素なベッドとトイレがついているだけで、他にはなにもない。ベッドの向かいには大きく分厚いガラス窓がある。まるで動物園だ。そこから白衣を纏った研究者達が見え、忙しなく作業しているのが伺えた。
 白の多いそこに黒が混ざりだしたのは、もう一ヶ月は前の話だ。ナグモがこの部屋に閉じ込められてからしばらくして、彼らはやってきた。

「国家軍政省緑花防衛大臣官房付防衛書記官緑花防衛政策局調査課事故調査委員会再発防止対策室のセイビです。本日もよろしくお願いします」
「……毎回毎回、よく飽きもせずにそれ言えるよね? なにそれ、呪文? 唱えたらなんかビームとか出んの?」
「正式な所属を名乗るのは義務であり、常識です」
「あっそ」

 スピーカー越しの会話では、セイビ本来の声は分からない。機械を通して少しざらついてはいるが、それでも見た目を裏切らずやや硬質な声だった。それがあんなにも長ったらしい呪文のような肩書きを紡ぐのだから、こんな状況でなくとも気に障る。
 どれほど不遜な態度を取ったところで、セイビの反応は変わらない。それが分かっているからこそ、ナグモもわざわざ礼儀を持って彼と向き合おうとはしなかった。
 連日行われる聴取で、今後の展開も読めている。

「ag-s3・青鈍(あおにび)の件ですが」
「だから知らない、関係ない。該当時期に私達は誰一人として彼らと接触してないし、青鈍が出航したのは私達の一月半も前だった! ルートが違うから一度だって擦れ違ってない。――こんなの毎回言ってるよね、まだ覚えらんない!?」
「聴取の際の状況把握は規則です。同様の証言を青磁の全隊員から得ています」
「だったら、」
「規則です」

 ――駄目だ。
 ここに分厚いガラスさえなければ、あの澄ました顔に向かって確実に拳を振り抜いている。あるいはあの細腰を思いっきり蹴り飛ばしてもいい。それくらいしなければ気が済まない。
 内側からは決して鍵の開かない隔離施設で、ナグモは滾る殺意を押さえるのに必死になっていた。一ヶ月も続くこの毎日に、そろそろ我慢の限界を感じている。

「ねえ、私はいつここから出られるの」
「感染研の話によると、三ヶ月は隔離が必要なようです。つまりはあと二ヶ月、こちらで生活していただくことになります」
「……はっ、自分の所属はフルで言うくせに、他は略すの」
「私の所属ではありませんので、正式名称を申し上げる必要性がないと判断いたしました」

 無機質な声が頭に響く。ろくな説明もないまま狭い部屋に閉じ込められ、一切の娯楽と自由などない生活を強いられること早一ヶ月。話し相手はこの陰険な“カラス”だけだ。
 溜まりに溜まったストレスと焦り、そして隠しきれない恐怖が、手足を小さく震わせる。なにもない部屋で空調の音だけを聞いていると、嫌でも考えてしまう未来に頭が痛んだ。

「私達は感染してない。隔離の必要もない。さっさと帰して。三ヶ月も飛べない上に訓練もできないとか、どんだけ仕事に影響出ると思ってんの」
「そのお話は私の管轄外です。感染研の担当者にお話しください」
「貴方ねえ!」
「先日、青鈍の八割の隊員に感染が認められました。青鈍停泊中の離島においても、アウトブレイクが確認されています。我々はパンデミックを防がねばなりません」

 感染、アウトブレイク、パンデミック。
 一ヵ月間聞かされ続けた単語の羅列に、頭痛がより酷くなる。
 ――あの日、ナグモ達の乗る艦が待機を命じられたのは、別区画を警備中の青鈍の艦内で集団感染が発生したからだった。感染といっても、白の植物によるものではない。ウイルス性の感染症とのことだった。それはほとんどの隊員が感染し、短時間で劇症を伴って発症した。
 その影響で艦は座礁。一歩間違えれば大事故だ。市街地から遠く離れたアオニ緑湖の端に浮かぶ離島でも同様に集団感染が発生し、同湖を航行中だったナグモ達も感染の疑いありとしてテールベルト国立感染症研究所へと速やかに収容された。
 感染症に関しては、専門の研究者の分野だ。事故調査委員会が乗り出してきたのは、青鈍が座礁したからだ。そこまでは理解できる。事故など一つも起こしていない青磁の隊員が聴取を受けているのは、――青鈍にまともに話を聞ける者がいないせいだった。
 だが、それだけなら話はこうも長引かない。感染の恐怖に怯えつつも、それでもなんとか三ヶ月を耐え抜いただろう。
 けれど。

「これは、青鈍の隊員が意図的に起こした事件であることが判明しています。そして、青磁の隊員がそれに関与していた疑いがあります」
「だから知らないって言ってるでしょ!? これも毎日言ってる! いい加減新しいネタないの!?」
「ナグモ曹長。貴女は湖上艦隊において、数少ない女性隊員のお一人ですね」

 何度となく繰り返された同じやりとりの中、ようやっと新しい話題が振られた。ナグモではなく手元の資料をじっと見ているセイビは、人間と話している感覚があるのかすら疑わしい。


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