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 腰を抜かした男からナイフを取り上げてゴミ箱に放り込むと、様子を見に来たらしいニノカタが呆然とこちらを眺めているのと目が合った。
 完全に落ちている二人の男とワカバを交互に見やり、ぱくぱくと金魚のように口を動かして声なき声を上げている。座り込む三人目の犯人はすでに戦意喪失しているが、仕上げはきちんとせねばなるまい。

「ニノカタさん、こっち来てこっち」
「は?」
「早くっ」

 訝るニノカタの手を引き、その手に拳銃を握らせた。目を白黒させたニノカタが、今度は手の中のものとワカバを見比べる。
 その合間に手早く結束バンドで男達を拘束し、ワカバは「ふう、」と息を吐いて伸びをした。

「お、おま、これ……」
「ニノカタさんっ、ありがとう! ワカバ、すっごく怖かったぁっ!」

 店の隅で震える女性店員達に聞こえるように声を上げ、ワカバは勢いよくニノカタに抱き着いた。たたらを踏んだ彼の手から拳銃が零れ落ちる。どうせ弾はもうない。
 事態を呑み込めないニノカタの胸で「助けてもらった筋書」を嗚咽混じりに語りつつ、シャッターの開く音にほっと安堵の息を吐いたのだった。


* * *



「……お前、マジありえねぇ」

 窓の外では光の線が流れていく。カーステレオから流れる音楽は知らない歌手の歌声だった。
 運転席でハンドルを握るニノカタは、黙っていれば穏やかそのものの柔和な顔立ちに隠しきれない疲労の色を浮かべていた。黒縁眼鏡の向こうで、たれ目がちな瞳が信号を睨んでいる。
 あれから警察の聴取を受けた二人は、ようやっとこの時間になって解放された。空軍学校の門限はとうに過ぎているが、警察からの連絡で問題にはなっていない。寮監が迎えに来るとのことだったが、ニノカタが送ると申し出てくれたので大人しく助手席に座っている。

「なにが」
「お前どんなメスゴリラだよ。武装した強盗犯一人で相手にするか? それも三人だぞ、三人!」
「あなたが頼りないからでしょ!? それに相手は素人だもん。一人ずつなら空学生でも余裕」

 武装した男三人を一度に相手できるだけの自信はなかった。――正攻法なら。
 そうでなければ、あのくらいの武装解除は簡単だ。日々の訓練の方がよほど過酷と言えるだろう。

「しかもそれをなんで俺がやったことにすんだよ。軍人だっつーならお前の手柄でいいだろうが」
「ワカバは女の子なの。十六歳なの。『とーっても怖かったけど頑張った』の。その方がかわいいでしょ?」
「うわぁ……」
「なによ、意気地なし」
「俺の反応が普通だ、メスゴリラ」
「はぁああああああああ!?」

 助けてやったのに、よりにもよってメスゴリラとは何事だ。今すぐニノカタを殴り飛ばしたいが、勢い余ってハンドル操作を誤られるわけにはいかない。思いつく限りの罵倒をしてその語彙が尽きかけた頃、車はゆっくりと停車した。
 赤信号だろうか。怒りに彩られた頭は、その程度にしか思わない。
 なんにせよ好都合だ。感謝の言葉もない恩知らずを殴ってやろうと胸倉を掴んだ瞬間、彼はワカバが心を奪われたフローリストの笑顔で後ろを指さしてきた。

「軍人舐めんな、腹黒眼鏡!」
「――ワカバちゃん、後ろ」
「は? 後ろ?」

 声もどこか高めの、営業モードだ。訝りながら後ろを振り向き――、助手席の窓の向こう、ぽかんと目を丸くさせて立ち尽くすゼロの姿に絶句した。

「ぜっ、ゼロ!?」

 ご丁寧にも窓が自動で開いていく。
 ちょっと待って、なにこれ、どういうこと、どうしてここにゼロが。焦るワカバに構わず、胸倉を掴まれたままのニノカタが「もうここTVAFA(トヴァファ)だよ」と笑って告げてくる。
 車で帰ってくることなんてなかったから、距離感なんて全然把握していなかった。よくよく目を凝らせば、空軍学校の寮が見えるのが分かる。

「……寮監から、ワカバがそろそろ戻ってくるから迎えに行けって頼まれたんだけど。相当怖い思いしただろうから、チャーリーのみんなで慰めてやれ、って。――でも、その必要ないみたいだな」
「えっ、ちょっ、ち、ちがっ! 違うのゼロ! これはね、えと、そっ、そう! 怖くてちょっと抱き着いちゃってて、」
「みんなには黙っとけばいいの?」
「やっ、だからゼロ、あのねっ」
「別に誰にも言わないけど」

 「帰るよ」いつもの仏頂面で首を傾げたゼロに、今度こそ言葉を失くして凍りついた。どこから聞かれていたのだろう。どこまでばれているのだろう。冷や汗が伝い落ちていく。
 くすくすと意地悪く笑うニノカタが、そのまま唇を耳に寄せてきた。スズランを模した手づくりのイヤリングが、彼の唇の動きに合わせて揺れる音が聞こえる。

「よかったね、ワカバちゃん?」

 ぞくりとしたものが全身を駆け抜ける。
 涙目でニノカタを睨み、軍人の瞬発力で窓の開閉ボタンを押してから思い切り怒鳴った。


「こんっの、疫病神ぃいいいいいいいい!!」


(20140417)


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