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「……に、行きたく、て……」
「あ? なんだって!?」
「――お、お手洗い、に、行きたい、んです」

 頬が赤らむ。
 髪から雫を落とし、涙を浮かべて懇願するワカバの姿は、彼らにどう映ったのだろう。三人の男達がそれぞれ顔を見合わせ、口元に下卑た笑みを浮かべた。
 一人の男がブーツの底を鳴らしてワカバに近づき、銃口で顎を掬ってくる。ぎゅっと目を閉じれば、眦から涙が零れた。

「漏れそうなのか、お嬢ちゃん」

 笑みを含んだ声が気持ち悪い。答えないでいると、冷たい感触が顎から頬、そしてこめかみへと移動する。

「言えよ、え? ションベンしてぇんだろ? トイレ手伝ってくださいっておねだりしてみろ」
「やっ……」
「言えっつってんだろ!」

 耳元で放たれた怒号に、反射的に身が竦んだ。鼓膜が震える。「子ども相手に乱暴は、」ニノカタがそう口を挟むが、額に銃口を押しつけられては黙るより他にない。
 ――ありえない。どうしてよりにもよって、ワカバがこんな目に遭わなきゃいけないのよ。
 噛み締めていた唇をゆっくりとほどいて、蚊の鳴くようなか細い声を捻り出した。

「……て、手伝って、ください……。おね、おねがい、します……」

 羞恥で顔に熱が昇る。「まあいいか」品のない声で笑った男が、ワカバの腕を掴んで無理やり立たせてきた。そのままコンビニの奥にあるトイレへと、引きずるように連れて行く。
 最近はこういったトイレも随分と綺麗になっているらしい。車椅子でも入れるように、段差もない広い造りだ。
 引き戸を締めた瞬間、男は背後からワカバを抱き締めるように腕を回し、酒の滴る首筋に顔を埋めてスカートの中へと手を伸ばしてきた。
 荒い呼吸が耳朶に触れる。
 指先が白い太腿に触れようとしたその瞬間――、ワカバは俯いていた顔を勢いよく跳ね上げさせた。

「ッ――!」
「いやぁっ、やめてくださいっ!」

 ドンっと凄まじい音が鳴る。それに被せるように悲鳴を上げ、振り上げた足でレバーを蹴って鍵をかけた。
 “必死で抵抗する”声を上げながら、頭突きによって舌を噛んだのであろう男の腹に、振り向きざまに膝を叩き込む。そのまま素早く腕をくぐらせ前にやり、前のめりに傾いた身体に肘を振り下ろした。休む間もなく、その背に踵を落とす。
 一切の手加減などしない。呻きながら倒れ込んだ男の顔を便器に押し込み、後ろから首を掴んで頸動脈を圧迫して落とす。腰に収めていた拳銃は回収し、ポケットに突っ込まれていたナイフで親指の結束バンドを切った。ナイフはそのままゴミ箱に入れておく。
 時間にすれば三分もかからない早業だった。これが訓練を積んだ相手であればそうはいかないが、ド素人の、それもワカバをただのか弱い少女だと思い込んでいる者が相手ならばこのくらい容易い。
 音が止んだのを訝ったのか、トイレのドアが叩かれる。「オイ、どうした?」その声には隠しきれない笑みが乗っていて、彼らが思い描く中の様子を想像するだけで吐き気がした。

「きゃああああああああっ! 誰かっ、誰か来てください!」

 今までとは違った悲鳴を上げてやれば、ドアの向こうで男の声が焦る。「どうした!?」パニックを起こした少女を装い、とにかく「早く、早く!」と泣きながら繰り返し彼らを急かした。
 当然鍵のかかったドアは簡単には開かない。引き戸のため、押し破るのも困難だ。ワカバはすかさず隅に移動し、その瞬間を待った。

「お願いしますっ、早く来てください!」

 泣き叫べば、焦れたように何度も銃声が響く。一発、二発、三発。鍵を壊してドアが開いた瞬間、飛び込んできた男二人の姿に、ワカバは思わず唇を吊り上げそうになった。
 倒れ込んだ仲間の姿に、どういうことだと銃口がワカバを狙う。必死に揺り起こしたところで、締め落とされた男は簡単には目を覚まさない。

「きゅ、急に、倒れてっ……! わ、わたし、なにもっ! 大丈夫なんですか!? 救急車とかっ」

 仲間を助け起こしてトイレの床に横たえさせる男に、ワカバは震えながら問うた。小さな手が口元を覆い、涙を零す様はただの女の子だ。突然のことに警戒していた男も、銃を下ろして仲間の様子を伺うことにしたらしい。
 ――バッカじゃない?
 やはり所詮は素人だ。
 我慢しきれない笑みを手で覆い隠し、ワカバは必死で滲ませた涙を押し出した。二人がかりで仲間を起こそうとしていた男の一人が、ふと顔を上げる。ピエロのマスクの下から、茶色の瞳が不思議そうに歪んでワカバを見た。

「あれ、お前、なんで手……」

 言いかけた瞬間、ワカバの足が男の顎を蹴り上げた。悔しいことに重みはないが、それでも突然の襲撃に、男は舌を噛んだらしい。呻き転がる男に驚いたもう一人の犯人が、慌てて腰を上げて拳銃を構えようとした。
 ――遅い。
 笑えるくらい遅い。腰は引けているし、安全装置すら外せていない。一瞬のためらいも見せず股間を蹴り上げ、鳩尾に肘鉄を捻じ込んだ。ぐっと呻いて、彼はあっけなく床に伸びる。起き上がりかけた茶色の瞳の男に、ワカバは奪ったばかりの拳銃を突きつけてにこりと笑った。

「動かないで」
「なっ……、このガキ、ふざけんな!」

 男の手が、尻ポケットのナイフへと伸びる。そればかりは慣れた手つきで刃を跳ね上げさせ、鋭い切っ先がワカバを捉えた。
 これほどの状況を目の当たりにしておいて、まだ分からないのだろうか。足元で動く男の背を膝で押し潰すように体重をかけつつ、ワカバは溜息を吐いた。
 弾けるような銃声が鼓膜を叩き、ナイフを構える男の目の高さを通って真後ろの壁に銃弾がめり込んだ。

「ワカバ、怖くて手が滑っちゃうかも。だから、動かないでね?」

 ――軍人舐めんな。
 撃鉄を起こしつつ、愛らしく笑って首を傾げる。


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