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「――いいかぁっ、騒ぐなよ、騒ぐんじゃねぇぞ! 携帯出せオラァ!」

 シャッターが下ろされ、陽光が遮られていく。鳴り響く銃声、耐え切れずに上がる悲鳴。割れるガラスの音に、撃ち抜かれて煙を吐き出す監視カメラ。
 この日、白昼堂々と行われたコンビニ強盗に、フローリストと空学生は巻き込まれていた。


act.3:衝撃の急展開!?


 今日はたまたま休みだった。
 ふらりと隣町まで足を運んだワカバは、駅から近いコンビニに入っていく人影に覚えがあり、それを追うように飛び込んだのだ。中に入ってみれば案の定、その人物はニノカタだった。今一番憎い男ではあるが、惚れさせた上でこっぴどく振ってやると決めた以上、接触回数を重ねていく必要がある。
 とびきりの笑顔で「ニノカタさんっ」と声をかけた瞬間、ワカバの背後で一発の銃声が鳴り響いたのだった。


 そして気がつけばこの有り様だ。怯えきった女性店員二名は泣きながら言われるがままにシャッターを下ろし、防犯カメラのスイッチを切って震えている。
 全員、両手は後ろ手に縛られていた。結束バンドで親指を縛る手つきはもたついていたが、方法としては悪くない。隣で同じように縛られていたニノカタは、親指とは言わず手首までしっかりと固定されていた。
 犯人は三人だ。全員がフルフェイスのマスクをしていて、顔は見えない。ピエロのマスクというあたりが、どうにも人を馬鹿にしている。
 対して人質は四人。ワカバとニノカタ以外の客はいなかった。
 けらけらと笑い声を上げながら男達はレジの売上金を鞄に収め、警察に逃走用車両と三千万ユドルの請求をしていた。三時間以内に要求を呑まなければ、人質を全員殺すのだという。

「……お前、とんだ疫病神だな」
「はあ? あなたでしょ。ていうか、なんでコンビニで立てこもり強盗なの。普通銀行とかじゃないの、こういうの」
「頭悪ィんだろ」
「あなたフローリストでしょ、なんとかしてよね」

 フローリストは職業柄、テロや強盗対策の格闘術も講習に組み込まれているはずだ。生花店は厳重な警備態勢が敷かれているが、フローリスト達もある程度の護身術は使えると聞いている。
 コンビニ内のドリンクや菓子を貪る犯人達を見ながら、ワカバは小声で吐き捨てた。

「バカ言うな。年二回の講習でどうやって戦えっつーんだよ。そういう野蛮な真似はヴァハトに任せてんだっつの。お前こそ、空学生なら――」
「オイそこ! なにくっちゃべってんだ!?」

 パァンッ、と銃声が鳴り響き、ワカバとニノカタの頭上で酒瓶が撃ち抜かれた。ガラス片とアルコールが降り注ぐ。身体を竦めたニノカタの向こうで、女性店員達が甲高い悲鳴を上げて泣きじゃくった。
 その悲鳴を聞いて、犯人の男が嗤う。随分と興奮しているようだが、その構えは隙だらけだ。拘束する手際の悪さといい、拳銃の扱いといい、実の少ないコンビニを狙う手口といい、相手は素人だろう。
 だが、素人だからこそ、逆上すればなにをするか分からない怖さがある。
 この程度の怒鳴り声など、教官の雷に比べればかわいいものだ。それでも精一杯怯えたふりをしながら、ワカバは隣で顔色を悪くさせているニノカタを睨んだ。
 ――なによ、これくらいでなっさけない。
 自分に向けられることはないという絶対の保証があるとはいえ、毎日銃声を聞いているワカバにとってはこのくらいなんともない。今のところ、男達に人を撃つ勇気などないことは見え見えだ。
 警察はすでに外で待機しているだろうから、突入も時間の問題だ。ここには食料があるということが長期戦を思わせる唯一の懸念だったが、彼らの集中力がどれほど保つのかは未知数だ。

 だが無事に救助された際、空学生がいながらなにもできなかったのかと叩かれるのは癪だ。そんなことはワカバのプライドが許さない。
 とはいえ、一応武装している男を三人も相手に立ち回れるだけの自信はまだなかった。
 前髪からぽたぽたと酒を滴らせ、その強い匂いに呻く。小声でニノカタがなにかを言ったようだが、先ほどの発砲に怯えているのかワカバに届くほどの声量はなかった。
 今日は買い物をして、新しい服を買って、時間があったら美容院にだって行く予定だった。日頃忙しい空学生にとって、息抜きの時間は貴重だ。
 それがどうして、こんな小さなコンビニに二時間も閉じ込められなければならないのだろう。さすがにそろそろ、生理現象がそこまで押し寄せてきている。考えれば考えるほど、焦りが募っていく。
 女性店員達のすすり泣く声に苛立ったのか、一人の男が二発立て続けに威嚇射撃を行った。壁と天井を穿つ音に、彼女達はさらに嗚咽を大きくさせる。

「……あっ、あの……」
「ああ!? なんだ、ガキ!」

 突然声を上げたワカバに、一人の男が銃口を向けながら牙を剥いた。ニノカタが「おい、」と心配そうに声をかけてくるが、そんなものに構っている暇はない。
 息をするたびにアルコールの匂いが鼻につくのが不快だ。睫毛を震わせ、目の淵いっぱいに涙を浮かべて、ワカバは掠れる声で言った。



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