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「あの、えっと……。昨日はマミヤがすみませんでした」
「え? ああ、いいのいいの。言ったでしょ? 私、後には引かないタイプだから。一晩寝たらスッキリ。なーんにも気にしてない。――お姫様の方は難しそう?」
「あー……。あいつ、今日二日酔いで倒れてるんでなんとも」
「あはっ、かーわいー。途中でいろんなお酒飲んでたもんねぇ。そりゃ悪酔いするわ」

 マミヤはもともと午前休だったので、今も部屋で唸りながら寝ている。午後から出られるか分からないが、本人は這ってでも行くと言っていたから大丈夫だろう。一応、枕元には洗面器と水を置いてきてやった。
 昨夜、寮に戻ってきたマミヤは部屋に着くなり、風呂にも入らずベッドに飛び込んだ。仕方なく化粧だけは拭きとってやったが、着替えさせるのは面倒だったからそのままだ。
 未だかつて、こんなことはなかった。酔ってへべれけになることはあったが、誰かに絡んだりケンカを売るような真似は一度たりともない。少なくとも、チトセの知る限りでは。

「ナグモ曹長、よく見てますね」
「そりゃ見るよ。だって噂のお姫様だもん。――あの子でしょ? ソウヤが軍属でいられる理由」

 口に含んでいた水を噴き出しかけ、慌てて手のひらで覆って事故を防ぐ。
 笑顔で布巾を差し出してくるナグモに邪気はなく、動揺したチトセが馬鹿みたいだった。

「ヴェルデ基地でのあの一件は、どこにいたって聞こえてくるよ。メディアが報道してる以外の噂だってガンガン入ってくるしね。空戦競技会でも超優秀な成績を残してた特殊飛行部のエリート幹部が、前代未聞の大暴走したって話も。そんでもって、にもかかわらず彼はまだ軍に属してるっていう話も」
「あ、あー……」
「世間には美談として扱われてるけど、さすがにそうじゃないってことは誰にでも分かるでしょ。あとは繋ぎ合わせて想像すればカンタン。“お姫様”が動いてるんだろうなーってね」

 朝からハンバーグを頬張り、口の端に飛んだソースを指先で拭ったナグモが、チトセをまっすぐに見つめて微笑む。

「で、あの二人、付き合ってるの?」
「ひょへ!?」

 水を飲んでいなくてよかった。もし口に含んでいたら、今回は確実に噴き出していただろう。
 大きく噎せこんだチトセを楽しそうに見ながら、ナグモはカレーを掻き込んでいく。この人は、朝から一体どれだけ食べるのだろうか。それもフライト前だ。

「い、いや、あの……、そういうんじゃないと思いますけど……。一年会ってないって言ってたし」
「うっそ、そうなの? なぁんだ、てっきりもう付き合ってるんだと思ってたのに。……ふーん、でもそっか、なるほどねー。だからか」
「はい?」
「どうせお姫様の方が避けてたんでしょ?」
「みたいです、けど……?」

 どうやらナグモの頭は上等にできているらしい。ちっとも分からないチトセを置いてけぼりにして、彼女は「そっかそっか」としたり顔で頷いている。

「付き合ってるって思われるの、困るみたいね。王族が個人を特別扱いするって思われたくないのかな?」

 ――それとも、王族に“特別扱いされた人”って思わせたくないのかな。
 最後の一本となっていたソーセージを腹に収め、ナグモは丁寧に両手を合わせて朝食を終えた。あれだけの量があったのに、軍人らしい早食いであっという間だった。
 分かったような口を聞くナグモに、少し悔しさを覚える。マミヤとずっと一緒にいるのはチトセの方だ。それなのに、彼女の方がよく知っているとでも言いたげなのが癪に障った。
 そんな不機嫌を感じ取ったのか、彼女はからりと笑う。

「めんどくさいね、お姫様」
「はぁ?」
「でもね、教えてあげようか。本人は自覚してないけど、あの人、そういう女の子ほっとけないんだよ。面倒くさくて手間がかかって、目が離せないような、泣かせがいのある女の子、だーいすき。――まあでも、本人がアタックしてないってことはまだ好きじゃないのかなー」
「……あの、なんの話してるんですか?」
「恋の話」

 語尾にハートマークが乱舞しそうな口調で言い、ナグモはトレイを手に席を立った。

「成立するには前途多難の恋だろうけど、ま、障害がある方が燃えるしね。応援してるって伝えておいて」
「あ、ちょっと!」
「貴方も頑張ってね、チトセちゃん」

 颯爽と立ち去るナグモが、振り返りざまにそう言って後ろを指さすようなそぶりを見せた。まるで嵐のような人だ。
 なんだったのかと眉を寄せたチトセのすぐ後ろから、よく通る声が落ちてきた。

「チトセ三曹、マミヤ三曹の具合は、」
「ほぎゃああああっ!」
「なっ、なんだいきなり! どうした!?」
「きゅっ、急に話しかけないでくださいハルナ二尉! あ、違う、一尉!」
「それくらいでいちいち動揺するな、ド阿呆が! いい加減落ち着け!」

 やかましく騒ぎ立てながら、チトセははたと気がついた。
 指さすようなナグモの仕草。そして、あの笑顔と台詞。「貴方も頑張ってね」とは、もしかして仕事のことではなく――……。

「うっそぉおおおおおおおおおお!?」
「朝からやかましいっ!」



 ――彼女は青空を彩る千切れ雲か、それとも嵐を呼ぶ暗雲か。



(2014.04.13.)


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