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 何人かに先に抜けることを伝え、チトセ達は店をあとにした。
 夜とはいえ、外にはまだ人が多い。同じように飲み会終わりなのか、音量調節の利かなくなった声で騒ぎ立てる人々の姿がそこかしこにあった。スーツを着た会社員に、派手な身なりの学生達。そのうちの何人かが明らかに酔った様子のマミヤを見て声をかけようと近づいてくるが、背後のソウヤが睨みを利かせればすごすごと引き下がっていく。
 なるほど。力技ならばそこらの男に負ける気はしないが、こんな風に追い払うのはチトセには無理だろう。
 夜風が頬を撫でる。
 ソウヤがタクシーを拾おうとしたが、マミヤが歩きたいとごねたので徒歩で基地まで帰ることになった。そう遠くはないし、チトセもソウヤも歩き慣れているので苦ではない。いざとなれば、マミヤ一人背負うくらいなんでもない。

「にしてもマミヤ、今日はほんと飲みすぎよ。ナグモ曹長、階級はあたし達より上なんだからね?」
「本人が気にしてないってゆーんだから、べつにいーじゃない。それよりねーえ、チトセぇ、だっこー」
「はぁ?」
「だっこしてー。だっこー!」
「こらっ、しがみつくな! 抱っこって、あんたねぇ。子どもじゃないんだから! それに重いし絶対イヤ。ソウヤ一尉にしてもらったら?」

 確かにマミヤ一人くらい背負うのは簡単だが、だからといって必要もないのにそうしてやるつもりは微塵もない。無駄な体力を使うのは遠慮願いたかった。
 チトセに正面から抱き着きむうむうと唸っていたマミヤが、さらにしがみつく腕に力を込めてくる。

「ぜーったい、いーや」
「一年会わねぇ間に随分と嫌われたもんだな」

 ソウヤはからりと笑い飛ばしたが、チトセはその言葉に目を剥いた。
 マミヤが叱られる直前の子どものように身を縮こまらせたのが、直接肌に伝わってくる。

「一年!? だってソウヤ一尉、結構顔出してくれてましたよね? あたしだって何回も会ってるし、マミヤ、あんただって挨拶して来たって言ってたじゃない!」
「そーだっけぇ?」
「そうよ! あれ嘘だったの!?」
「覚えてなぁい」

 会う会わないはマミヤの好きにすればいい。それはチトセが口を挟むことではないけれど、嘘をつかれていた事実がショックだった。どうしてそんな嘘をついたのだろう。
 ――もしかして、からかったからだろうか。
 自分がしてしまった軽率な行為が原因だとすれば、どう対処すればいいのだろう。さっと青褪めたチトセに、マミヤがすかさず手を伸ばして頬を抓んできた。「余計なこと考えてんじゃないわよぉ」容赦なく頬の肉を引っ張ったあと、彼女はひらりと身を翻してチトセの腕の中から擦り抜けていった。
 それこそ小鳥が羽ばたくような身の軽さで、踊るように先を行く。ただの千鳥足でしかないのに、なまじ外見が整っているせいでバレエかなにかのように見えるのだから美人は得だ。
 よろけかけたマミヤの身体を、チトセが支えるよりも早くソウヤが捕まえる。逞しい胸板に飛び込む形になった彼女は、鋭く舌打ちして離れていったけれど。

「オイ、チトセ。この我儘姫さんになにがあった? さすがにここまで嫌われる心当たりねぇぞ」
「あたしの方もさっぱり……。マミヤ、あんたどうしちゃったの? あんた、あんだけ一生懸命ソウヤ一尉のこと助けようと、」
「チトセ!」

 甘さもなにもない、叱りつけるような声に背筋が伸びた。
 きつく睨みつけられ、心臓が冷える。息を飲んだチトセの肩を軽く叩いて和ませてくれたのは、他でもないソウヤだ。なにも聞かなかったような顔で、彼は荷物を抱え直して「行くぞ」と笑う。
 再び腕に絡みついてきたマミヤは、それから寮に戻るまで、たったの一言も口を聞かなかった。


* * *



「あ、おっはよー。チトセちゃん、昨日は大丈夫だった?」

 朝食を終え、トレイを片付けていたチトセに声をかけてきたのは綺麗に髪を結い上げたナグモだった。パイロットスーツを着るためか、シンプルなシャツとパンツだけの出で立ちだ。それでもすらりとした長身ゆえに、人目を引く魅力がある。
 こんなにも細身の身体に、どこに入るのかと聞きたくなるほどの大量のおかずを乗せ、ナグモはチトセを手招いた。すでに食事は終わっていたが、まだ時間に余裕はあるので大人しく相席する。
 あっという間に色つきサラダを平らげていく様子を見ながら、チトセは「あの、」と切り出した。だがうまく言葉が続かない。


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