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「途中でリユセ基地に移動になったから遠恋になって、さみしくなっちゃったんですよね。それで向こうで好きな人できちゃって」
「ほー、そんでフラれたのか、ソウヤ!」
「ええ、まあ。なんで、あんま古傷抉らんでください」
「古傷〜? 『ああ、分かった』の一言で済ませたくせにー」
「女の決断覆せるほど強くできてねぇんだよ、俺は」
「うわ、よく言う〜。どうせ私がいなくなっても、けろっとしてたんでしょー?」
「飼ってた猫がいなくなった程度には寂しかったけどな」

 微笑みながらの「寂しかった」発言に、男女問わず黄色い声が上がった。ソウヤのこんな発言はなかなか聞くことができないから、チトセですら少しどきりとした。
 やはり、いつもとどこか雰囲気が違う。彼らは昔、どんな付き合い方をしていたんだろう。そう思わせるだけのものが確かにあった。
 酒が入って上機嫌のナグモは、ぎょっとするようなきわどい質問にも淀みなく答えていった。聞いていて思わず赤面してしまいそうな内容に、慌てて目の前の酒を流し込む。一気に飲み干してしまったから、新しいものを注文した。早さが売りの店なので、すぐにグラスが運ばれてくる。
 気まずいのはハルナも一緒なのか、唐揚げに伸びる箸がぶつかった。視線が絡まり、一気に耳まで赤くなる。結局なにも言わずに視線を逸らしたが、ハルナは気にした風もなく唐揚げを頬張っていた。

「ところでお前、なんでこの時期に飛んできた?」

 ソウヤからの問いに、誰もが「そういえば」と顔を見合わせた。
 移動なら、新年度の始まりに合わせるはずだ。それが中途半端にずれた今とは、なにか特別な事情があったと想像するには十分な理由を与えている。
 準天然色を謳う野菜スティックを一口齧り、ナグモは小さな子どものように舌を出して笑った。

「ヒミツの恋してたのばれちゃった」

 愛らしい仕草と物言いに、すぐには内容が追いつかない。どういうことかと思案するも、チトセの頼りない頭ではなかなか結論に辿り着くことはできなかった。
 隣でマミヤが鼻を鳴らすと同時、ソウヤが長い溜息を吐く。他の隊員も理解できたのか、なんともいえないざわめきがその場を満たした。
 どうやら、この場で理解できていないのはチトセとハルナくらいのものらしい。

「お前な。そういうことをあっけらかんと言うか?」
「だって、黙っててもどーせ出回るし。あとから陰でコソコソ言われるくらいなら、自分から笑い話にした方がいいに決まってるじゃない?」

 陰でコソコソ言われるということは、やはりよくない話なのだろうか。「秘密の恋」――そこから浮かんだ不倫という単語に、チトセはまたしても大声を上げそうになる自分を抑えることに必死で、真横から漂う不穏な空気にまったく気づいていなかった。
 そして、それは誰もが予想しなかっただろう。
 カラン。グラスの中で氷が躍る。

「ほんと、まるで盛りのついた雌猫みたいですねぇ」

 鈴を転がすような澄みきった笑い声に乗った台詞は、その甘ったるい口調とは真逆のものだった。とんでもないその台詞を吐いた張本人は、チトセの真横で涼しげにグラスの氷を掻き回している。
 一瞬で静まり返った座敷内は、まるで違う世界に迷い込んでしまったかのようだった。外から聞こえてくる喧騒が、かろうじてこの場を現実に繋ぎ止めている。

「ちょっ、マミヤ、あんた飲みすぎ! すみません、ナグモ曹長! こいつ酔って、」
「あー、いいっていいって。鳥籠で大事に育てられたお姫様には、ちょっと下世話な話すぎたかな?」

 豪快に笑い飛ばし、ナグモがマミヤの髪に手を伸ばした。しかし、指先が触れる前に素早く払い落とされる。相手は言うまでもない。マミヤだ。
 誰もが言葉をなくしていた。長い付き合いのチトセですら口を挟めない。不機嫌そのもののマミヤが、冷ややかにナグモを見据えている。

「鳥籠?」
「そ。だって貴方、純粋培養のお姫様でしょ? 綺麗な声で歌って、綺麗な羽で目を楽しませて、だーいじにされてる。さしずめカナリアってとこ?」
「……なんですって?」

 零れた呟きは隣にいなければ聞こえないほど小さかったが、それは激しい怒りに震えていた。
 王族であるマミヤがどれほどの痛みを抱えているか、チトセはもう知っている。ナグモにそれ以上の他意はないのかもしれないが、「培養」だの「鳥籠」だのといった単語は地雷そのものだ。
 先にケンカを吹っかけたのはマミヤだ。それは誰の目にも明らかだから、ここでナグモの物言いにチトセが文句をつけるのはお門違いだろう。
 ――まずい。いくら酒の席とはいえ、やってきたばかりの上官相手に問題を起こすわけにはいかない。
 石像のように固まったハルナを視界の端に収めながら、チトセは慌ててマミヤの肩を揺さぶった。とにかく、この怒りを冷まさなくては。そう思うのに、彼女の瞳は怒気によって光を強くする。



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