2 [ 107/193 ]


「なぁなぁ、ナグモー! お前、ほんっとにソウヤと付き合ってたのか!?」
「はい。入隊してわりとすぐに声をかけてもらって。――だったよね?」

 少し声が大きくなったのは、離れたソウヤに問うためだ。その場の視線を一身に浴びても動揺したそぶり一つ見せず、ソウヤは小さく「ああ」と応えた。その瞬間、周囲から歓声が爆発する。
 真後ろでカガに叫ばれ、痛みを感じるほどに鼓膜が震えた。抗議するように睨みつければ、「やかましい!」と叱りつけたハルナがカガの頭を平手で叩いていた。
 そんなハルナも、二尉から一尉へと肩書きが変わっている。テールベルトのヒーローとなった彼は、以前にも増してメディアへの露出が増え、軍内外を問わず人気も鰻登りだ。告白される数も増えたと聞くが、断り続けているらしい。その理由がチトセの隣に座っているというのは、とても複雑だけれど。

「ナグモ曹長って大卒なんですか?」
「うん、そうそう。一般大学卒業して、22で入隊したの。年齢的に、高卒だった方が面白かった?」

 グラスで冷えた指先が、チトセの鼻にちょんっと押し当てられた。チトセ達より年上だろうから、おそらく二十代後半だろう。仕草や表情が大人の女と少女を行き来するから、どこか不思議な魅力を持つ人だ。
 矢継ぎ早に繰り出される質問に、ナグモはそつなく答えていく。出会いはどんなものだったのか、当時のソウヤの様子はどうだったのか、付き合うきっかけは、など。
 自分がネタにされているにもかかわらず、ソウヤは涼しい顔のままだ。

「へえー、ソウヤ一尉ってベタ甘なんだ?」
「そうなんですよー。まあでも、いじめっ子だから、しょっちゅう泣かされてたんですけどね」

 楽しそうに笑うスズヤが、ほんの一瞬、ちらりとマミヤを見た。

「今と変わんないんだねー」
「え、そうなんですか? うーわー、ソウヤらしい。そうそう、私ね、一回大怪我して帰ってきたことあったんですけど、そのときのソウヤったら血相変えて飛んできてくれて!」
「なにそれ、見たかったなー。ねえ、ハルちゃん!」
「え? あ、ああ、まあ……」
「それで治るまでは至れり尽くせり! でも治ったらその分朝まで鳴かされちゃって、大変だったんですけどね〜」

 けらけらと笑うナグモにさらに周りが盛り上がりかけたとき、マミヤの手から力が抜けた。グラスの底が強く机を叩き、ダンッと激しい音が鳴った。
 跳ねて零れた酒が、チトセの手をも濡らす。

「ちょっ、マミヤ大丈夫?」
「あー……、ごめんなさぁい」

 チトセというより周囲に向けた笑顔は、あまりにも綺麗だった。酒気を帯びて赤らんだ目元と頬、潤んだ瞳。濡れた唇が扇情的だ。
 ほとんどの視線がナグモからマミヤに移り、彼女に捕らえられている。

「大丈夫か、マミヤ三曹。酔ったのなら水を……」
「大丈夫ですよ、ハルナさん。ちょっと手が滑っただけですからぁ」

 いち早く正気に戻ったハルナが真面目に心配して声をかけたが、マミヤはゆっくりと首を振った。
 深緑の髪が揺れるたび、花の香りが鼻腔をくすぐる。酒やタバコの臭いにまみれても、その香りは消されない。
 その笑顔に、どこか違和感があった。ハルナもそれを感じているのだろう。不思議そうに首を傾げている。
 おしぼりで手やテーブルを拭くマミヤを眺めていて、ふいに気づいた。――笑顔だ。周りに向けるそれが、いつもの彼女のものではない。自然な笑顔ではなく、魅せるために作られた表情だ。だからこそどこまでも綺麗で引きつけられるけれど、近しい者にとっては違和感が強い。

「あっ、なぁ、なんでお前、ソウヤと別れたんだー?」
「それはー……」
「俺がフラれたんですよ」

 ソウヤから投げられた声に、飽きもせずに皆が湧き、それを聞きながらマミヤは静かに瞬いていた。
 どうしてフラれたのかと、誰もが騒ぐ。やんややんやとはしゃいでソウヤに絡む隊員達の光景は、あの頃からなにも変わらない。

「まあいろいろあったんですよ。昔の話です」
「あ、庇ってくれるんだ? やっさしーい」
「アホ。わざわざ教えてやるこたねぇだろ」

 二人の間に流れる空気は、やはり他の人とのそれとはなにかが違った。物理的な距離は離れていても、彼らの間はとても近く感じる。
 ソウヤが視線も合わせずに浮かべた笑みも、それをすべて分かっていると言いたげなナグモの笑みも、他の隊員では踏み込めないなにかが漂っている。
 理由を濁したソウヤとは裏腹に、ナグモは話すことに抵抗がなさそうだった。そんなチャンスを見逃す男達ではなく、カガやスズヤが目を輝かせる。フラれたのがソウヤ側という辺りが、彼らの興味を誘ったらしい。数少ないソウヤの弱みになるとでも思ったのだろうか。
 鮮やかなピンク色の酒で喉を潤したナグモが、誘うように笑った。


[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -