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*時間軸:本編終了後
欠片本編のネタバレを含みますので、読了後の閲覧を推奨いたします。


雲をつかむ




「はいっ、というわけで! アオニ州リユセ基地から来ました、ナグモ曹長です。皆さまどうぞよろしくお願いします!」

 明るい笑顔で敬礼したナグモに、男性隊員達が上機嫌でジョッキを掲げた。
 中途半端な時期にヴェルデ基地へ突然移動してきた彼女は、アオニ州にあるテールベルト最大の湖を守る湖上艦隊で、艦載機パイロットを務めていたらしい。湖上艦隊は空軍傘下とはいえ、他プレートで言うところの海軍に近い部隊だ。訓練方法もなにもかもが異なるため、関わりのない者からすれば、いわば未知の世界だった。
 そんな部隊出身というだけあって、ナグモへの食いつきはすごいものだった。ヴェルデ基地では一般部隊である第三飛行隊に配属が決まったようだが、特殊飛行部のカガが丸呑みする勢いで食らいつき、「歓迎会しようぜ!」の一言によって時間に余裕のある者が急遽集められた。
 カガに引きずられてきたのか、はたまた彼の監視が目的か、宴会の席には特殊飛行部の人間が目立った。第三飛行隊での歓迎会はまた別日に予定されているらしく、あまり彼らの姿は見られない。
 「奢ってやるからお前らも来い」と引きずられ、チトセとマミヤもこの飲み会に参加していた。これが歓迎会だと知ったのはついさっきだ。
 理由はどうでもいい。タダ酒タダ飯が楽しめればそれでいい。それに――……。カガの隣で世話を焼くハルナを盗み見て、チトセは緩みそうになる口元を必死で誤魔化した。

「どーしたの、チトセ。気持ち悪い顔しちゃって」
「う、うっさいわね。そんなことよりマミヤ、向こう行かなくていいの?」
「向こうって?」
「だって、ソウヤ一尉来てるわよ」

 例の一件があって以来、ソウヤは特殊飛行部から外され、ヴェルデ基地に隣接する空軍学校の教官となった。軍属であることには変わりがないが、前線で彼が戦うことはまずないだろう。あまりに厳しい処分だとチトセは思ったが、キッカが「かなりの温情ある結果だと思う」と苦い顔で零していたので、冷静に見ればそうなのかもしれない。
 ヴェルデ基地で彼の姿を見ることはできなくなったが、空軍学校はすぐ隣にあるので、やろうと思えば毎日顔を合わせることも可能だ。時折彼の方から顔を出してくれるので、「ヴェルデ基地を去った人」という感覚はあまりない。

「……ほんと、なぁんで辞めた人が来てるのかしらぁ」

 ファジーネーブルを齧るように飲みながらの一言に、チトセは妙な棘を感じて首を傾げた。今日のマミヤは、どうにも機嫌が悪そうだ。
 どういうことかと訊こうとしたら、突然たかれたフラッシュが目を焼いた。見れば、顔を真っ赤にしたキッカがカメラを構えて笑っている。

「うふふふふふふっ、女の子げっとー!」
「げっ、キッカ二曹また酔ってる……」
「あんまり無防備なトコ見せて、誰かにお持ち帰りされないでくださいよぉ?」
「らーいじょーぶー!」

 くすくす笑って別の隊員を撮りに行ったキッカを見送ると、上座でどよめきが起こった。一番大きな声を上げたのはカガだろうか。他の隊員達も、負けず劣らずギャンギャンと騒いでいる。
 どうしたんだろう。
 喧騒の中で耳を澄ませば、慣れない女性の声が男達の声を割った。

「そうなんですよ。私、ソウヤと付き合ってたんです」
「――えっ、ちょ、はぁあああああ!?」

 聞こえてきた内容を理解した途端、枝豆を握り潰しながら叫んで立ち上がっていた。隣のマミヤが唖然とした表情で見上げてくるのが分かったが、同じように一斉に集まった視線に頬が赤らんだ。驚いたような視線の中、呆れたと言わんばかりのハルナの眼差しが痛い。
 輪の中心にいたナグモがグラスを片手に立ち上がり、人懐っこい笑みを浮かべてチトセのすぐ隣までやってきた。背中まで伸ばされた黒髪からは、ふんわりと甘い香りが漂っている。

「どうもー。ナグモです、よろしく。貴方は?」
「ち、チトセ士長、じゃない、三曹です……」

 この春で無事に昇任試験に合格し、マミヤと並んで曹となった。これで曹長まではよほどのことがない限り、自動的に階級が上がっていく。尉官を目指すかどうかはまだ悩みどころだが、特殊飛行部入りを視野に入れるならばそれくらいの心意気は必要なのだろう。
 未だに慣れない自己紹介に戸惑うチトセに軽く噴き出して、ナグモは涼しげな目元を細めた。

「おっけ、チトセちゃんね。で、そっちは……、――ああ、“お姫様”だ」

 悪気などなにもない、はしゃいだ声にどきりとした。
 グラスを齧りながら横目に視線だけを移したマミヤが、やる気のない声で「どーもぉ」と形ばかりの返事を投げる。一応ナグモの方が階級は上なのだからと焦ったが、彼女は気にした風もなく、本格的にチトセの隣に腰を据えてしまった。
 それに小鴨よろしくカガがついてきたので、チトセの周りはあっという間に特殊飛行部の面々に囲まれる羽目になった。ソウヤは変わらず一定の場所で酒を楽しんでいるが、視線は騒ぎの中心であるこちらに向いている。


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