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「ありがとうございます、助かりました」
「――いいえ。民間の方を助けるのは義務ですから。お怪我ありませんか?」

 一瞬の間を置いて、彼女はふんわりと笑う。この暗がりでははっきりと顔は見えないが、ぱっちりとした目の愛らしい、綺麗な女性だと思った。まだ年は若く、二十歳そこそこといったところだろう。
 突如降って湧いた軍人達が、てきぱきとその場を収束させていく。一応警察が呼ばれ、ニノカタも被害者として聴取を受けることになりそうだった。そう思った途端、蹴られた腹がじくりと痛む。

「いっつ……」
「大丈夫ですか? 先に病院行きますか?」
「あ、いや、大丈夫。それより、君の方こそ大丈夫? 一緒にいた人達、先に帰っちゃったみたいだけど……」
「大丈夫です、いつものことなんで。どうせこの近くで飲んでますよ」
「そっか。なら、安心かな。一人だと危ないから、送っていこうかと……」

 そこまで言うと、女性はひどく驚いたような顔をして思い切り噴き出した。くすくすと笑われて面食らう。

「一人じゃ危ない? それはニノカタさんの方でしょ?」
「あ、……まあ、確かに。……って、え、なんで名前……」
「たっく。たった三年で忘れるとでも思ってたの?」
「わす、――え、」

 ぎらつくネオンの中で、その顔を凝視する。
 長い睫毛が影を落とす双眸は、あの日のそれと変わらなかった。浮かべる表情も、髪を掻き上げる仕草も、そのどれもが大人びていたけれど、瞳の強さには確かに覚えがある。
 女性が肩に掛け直した鞄には、ガーベラのバッグチャームが揺れていた。ニノカタの記憶に間違いがなければ、あれはきっとピンクのはずだ。
 だってあの日、いいや、それまでにも何度も、それをこの目で見ている。
 それは間違いなく、この手が選んだ花だった。

「……おまっ、まさか!」

 一度ゆっくりと瞬いた瞳が、まっすぐにニノカタを射抜いた。
 その唇が、勝気な笑みを浮かべる。


「――軍人舐めんな!」


 恋泥棒にご用心。
 ――盗まれた恋の行方は、いずこに。







*Fin*
(2015.1004)


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