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 次第にゼロが興味をなくし、シュミットもついていけなくなったのか、黙りがちになった。ニノカタと花を選ぶ役割は、自然とワカバにシフトする。
 ああでもないこうでもないと話すうちに、最初は丁寧だったニノカタの口調がやや崩れてきた。それに気がついたのは、「こっちはどうかな」と天然色のミニバラを示されたときだ。

「えっと、かわいいですけど、でも予算が……」
「大丈夫、予算内で収めてみせるから」

 どこか少年のように悪戯っぽく笑われて、どきりとした。慌てて気を取り直して、笑顔を作る。
 随分と大人に見えるけれど、彼もきっと、ワカバの魅力にすっかりやられてしまったのだろう。当然だ。だってワカバはこんなにもかわいい。
 ガラスケースに映り込む自分の笑顔を見て、ワカバは得意げに笑った。予算内で天然色の花を勝ち取ったことには感謝してほしいくらいだが、彼らは二人して飛行樹の話で盛り上がっている。
 これだからモテない男はと内心で吐き捨てて、ワカバはニノカタと笑顔で向き合った。


 そうして出来上がった花束は、全体的にピンク色にまとめられた愛らしいものだった。うっすらとオレンジ色を吸い上げた準天然色のかすみ草が、ミニバラを引き立てている。かすみ草は別名ベイビーフラワーというらしい。出産祝いにはもってこいの花だと、ニノカタは説明してくれた。
 甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。造花では感じられないそれに、自然と表情が綻んでいくのが分かった。花は好きだ。綺麗でかわいい。
 ワカバのそんな様子を見て、ニノカタも満足そうに微笑んでいる。

「こちらでよろしいですか?」
「ええ、とても素敵です。構わないよな、ワカバ、ゼロ」
「いいんじゃない?」
「ワカバもとっても素敵だと思う!」

 まったく、なにが「構わないよな」だ。その花はワカバとニノカタが選んだのだから、美しくて当然だ。さも自分の働きのような口ぶりをするシュミットに舌を出す代わりに、ワカバは満面の笑みを作った。
 ゼロは携帯端末をいじって相手をしてくれそうにないし、シュミットは会計に行ってしまった。花束を持ち帰るには専用の防護ケースに入れてもらう必要があるため、しばらく待たなければならない。
 待ち時間を有意義に過ごすため、ぶらぶらと店内を散策する。花を選ぶ他の客は皆、裕福そうな人ばかりだった。
 一本五万ユドルの生花を眺めていたワカバの肩を、誰かがそっと叩いてきた。ゼロかシュミットかと思って振り返ったのだが、優しい緑の香りにすぐに違うと悟る。

「あ、もうできたんですか?」
「うん。今、同級生くんに渡してもらってるよ」

 見れば、シュミットが立派な防護ケースを前に、別のフローリストから説明を受けているところだった。
 だとすればニノカタはなんの用だろう。ワカバにも取り扱いの説明を聞けと言いにきたのだろうか。きょとんと首を傾げるワカバに、彼は小さな箱を差し出してきた。

「これ、サービス。君に似合うと思って選んだんだ。……みんなには内緒だよ?」

 ――こうして、ワカバの「恋」は盗まれたのだ。


* * *



 ワカバの鞄には、鮮やかなピンク色のガーベラのバッグチャームが揺れている。
 あの日、ニノカタに貰ったガーベラを空軍施設内の技術部で特殊加工してもらい、半永久的に枯れることのない状態にしてもらったのだ。多少の衝撃では壊れないようにコーティングされているので、それをさらに自分でバッグチャームに加工した。ピンクの花に、緑のビーズ。リボンで飾って、星をつけて、ゆらゆら揺れる世界に一つだけの宝物だ。
 休日用の鞄をそれで飾って、ワカバはこのところ、休みのたびに外出していた。デートの誘いは絶えないが、そのほとんどを断って、たった一人であのデパートに――正確にはあの花屋に――通い詰めている。
 髪は緩く巻いて下ろしたり、編み込んでアップにしたりと毎回アレンジを欠かさない。最新の流行を押さえるべく何冊もファッション誌を買って、メイクと服装の研究も怠らなかった。
 ――今日のわたしも絶対かわいい。
 鏡の前で微笑んで見せれば、誰よりもかわいい女の子がこちらを見ている。小さな顔に大きな目。長い睫毛に、ほんのりと上気した頬。さすがに大人の色気はまだ出せないが、それでも誰もが絶賛する愛らしさが自分にはある。
 きっとニノカタだって、このかわいさが好きなはずだ。
 あれから何度も花屋に通った。さすがに毎回花を買うだけの財力はないので、加工品の手頃なアクセサリーを買ったり、勉強熱心な空学生として管理方法を訊ねたりして間をもたせている。ニノカタは快くワカバの接客をしてくれるし、緑花管理技士の資格に興味があると言ったワカバにテキストをくれる約束までしてくれた。
 握り締めた携帯端末には、プライベート用のニノカタの連絡先がきっちり入力されている。

 出会ってから二ヶ月。
 プライベートの連絡先を交換してから、およそ三週間。
 そろそろいいだろう。もう十分な時間が経ったはずだ。
 肌の調子も髪の調子も、この日のために万全に整えてきた。大好きなチョコレートだって控えて、ニキビ一つ作らないように万全の注意を払ってきたのだ。訓練で汗を掻くから体重管理には困らない。男子達はこぞって「最近よりかわいくなった」と噂していると聞くし、女子達にも「肌が綺麗で羨ましい」と評判だ。
 恋の力は偉大だと実感する。――恋。その単語に、ぽっと頬が赤らむのを自覚した。
 会うたびに、ワカバの中でニノカタの存在はどんどんと大きくなっていった。黒縁眼鏡の奥から笑いかける瞳の優しさに、声の穏やかさに、自分でも気づかぬうちに口元が緩んでいる。
 ニノカタは二十六歳だからワカバとはちょうど十歳の年の差があるが、そんなことはまったく気にならなかった。同年代の男は皆子どもじみて見えるので、それくらい大人な方が付き合いやすいだろう。彼は大人の落ち着きを持っているけれど茶目っ気もあるし、それになによりワカバを子ども扱いしたりしない。
 だからこそ、余計に惹かれた。


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