3 [ 53/193 ]

 難しい試験をパスし、過酷な研修期間を終えてやっとフローリストとなった人々は、博学多才、強盗やテロなどの緊急時の対処法にも長けているとされている。
 生花の単価は高いが需要はあるため、一生食うに困らないと言われる職業ナンバーワン。それが花屋――フローリストだ。結婚したい職種の不動の一位で、女性人気は軍人とは比べ物にならない。

「うわ、すごい警備……」

 混雑するエレベーターを避けてちまちまとエスカレーターで上がってきたため、目的階に到着する前からその物々しさが目に見えた。等間隔に並んだ警備員の中には軍人上がりの人間も多いのだろう。明らかに一般人とは雰囲気が異なっている。
 あからさまに「なにしにきたんだ」と言いたげな視線を浴びながら、ワカバ達は花屋の扉に手をかけた。頑丈な二重扉は、おそらく防弾ガラスだろう。一枚目の扉をくぐると、もうそこから甘い香りがふわりと広がってきた。
 半透明のカーテンに遮られ、店内は外側からではよく見えない。そのまま二枚目の扉をくぐろうとしたら、すかさず警備員に止められた。言われるがままにカウンターで身分証を見せると、数分後ICカードを渡された。これをゲートにかざし、ようやく入店できるのだという。
 恐る恐るロックを解除して入店し――、ワカバはそこで言葉を失った。

「いらっしゃいませ、店内ごゆっくりご覧くださいませ」

 品のある黒い長エプロンを身につけたフローリスト達が、広い店内で色とりどりの花達に囲まれて礼をしている。店内には眩しいくらいの宝石をつけた貴婦人や上品な老紳士達が、ケースの前でフローリストとあれやこれやと話し合っている。
 植物園に遊びに行ったことは一度だけあるが、ここはまた別世界だった。敷居が高いなんてものじゃない。飛行樹なしでは飛び越えられないほど、そびえ立つ壁が高い。
 完全に空気に呑まれていた三人は、「失礼」と脇を擦り抜けていった老紳士の声かけによって意識を取り戻した。自然と店の隅に固まり、誰に注意されたわけでもないのに小声になる。

「どうしよう、どれにする?」
「つか、そもそも金足りんの? 造花の方でよかったんじゃない?」
「今さら言ったところで仕方ないだろう、来てしまったんだから。とりあえず、予算に見合ったものを頼んでさっさと帰ろう」
「で、でも、シュミット、予算って言ったって……」

 ちらりと近くのケースを覗けば、赤い薔薇が一輪で十万ユドルを越えていた。冗談じゃない。予算オーバーも甚だしい金額に、三人は縮こまるより他になかった。
 花を照らす透き通った照明、涼しい店内。洗練された身のこなしの店員に、普段縁のない富裕層の人々。一般的に見て「子ども」の息を抜けきらない三人は、この場において異質でしかない。
 ならば手ぶらで帰るのか。それも一つの手ではあるが、ここまで来たら引っ込みがつかないのも事実だ。空学生という身分を明かした以上、ただの冷やかしで印象を下げるのは避けたい。

「なにかお困りですか?」

 どうしようかと顔を突き合わせていた三人に、突如として柔らかい声がかけられた。はっとして顔を上げれば、人好きのする笑みを浮かべたフローリストがワカバ達の視線を受けて軽く腰を折った。エプロンにつけられた金の名札には、「Ninokata」と刻まれている。
 身長はシュミットと同じくらいだろうか。男性にしては少し長めの黒髪が首の後ろで一つに結われ、短い尻尾を作っている。黒縁の眼鏡の奥に見える焦げ茶の瞳はたれ目がちで、見るからに穏やかそうだ。色白でいかにも知性派といった雰囲気で、一見すれば頼りない印象を与えてしまいそうだが、それでいて体格は悪くない。さすがフローリストというだけあって、体力がなければ務まらないのだろう。
 彼の親しみやすい雰囲気に安堵したのか、シュミットが真っ先に切り出した。

「ええ、あの、教官に――、人に贈る花を探していて」
「プレゼントですか。それは素敵ですね。相手さまも喜ばれることでしょう。お花のご希望はございますか?」
「あ、ええと、それが……」
「なあ、予算三万で花束って作れんの? 一本十万とか出せっこないし、無理だったら帰るからいいよ」
「こらっ、ゼロ!」

 慌ててシュミットがゼロを窘めたが、もう遅い。ニノカタはぱちくりと目をしばたたかせ、けれど馬鹿にしたような雰囲気は一切含まない優しい笑みを浮かべて頷いた。

「ええ、可能です。現在お客さまがご覧になられていた花は天然色の薔薇になりますので、当店でも高価な品物となっております。お客さまのご予算でしたら、こちらの準天然色のものを数本と、人工着色の花を何本か組み合わせたブーケがご希望に沿えるかと思います」
「準天然色ってなに?」
「簡単にご説明しますと、白花を基にしておりますが、土・水・肥料に特別な天然色素を混ぜ、成長過程で色づいた生花のことを言います。人工着色の生花は、無害の白花に後から着色したものとなっておりますので、多少の色落ち等が見られる場合がございます」
「ふーん。なんかよく分かんないけど、シュミット、ワカバ、それでいい?」

 すっかり店内の雰囲気に慣れたのか、ゼロはけろりとしてそんなことを投げてくる。いいもなにも、それ以外に道はない。
 二人して人形のように頷くと、ゼロはさっさとニノカタと話をまとめにかかってしまった。
 どんな贈り物なのか、相手は女性か男性か。好みは、贈る相手の外見は。ニノカタはそれらの情報を聞きながら、様々な花を見せてくれる。
 今度産休を取る女性教官へのプレゼントのため、愛らしい花がいいと提案したのはワカバだった。ニノカタはともかく、この男二人に任せていたら、当たり障りのない花束にしかならないだろう。


[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -