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「――愛してる」

 それはとても甘ったるい言葉のはずなのに、まるで毒を吐くかのように彼女は言った。



*Lost Message



「愛してるよ、ハルナ」

 相変わらずの仏頂面。またそんな眉間にしわを寄せて、癖になっちゃうよ。あ、そっか、もうなっちゃってるか。
 そんなんだから下官に怖がられるんだよ。なんて言われてるか知ってるの? ハルナ三尉はおっかない、って。――あ、あんたもうすぐ二尉になるんだっけ。生意気。あたしより年下のくせに、あたしよりも上官になるのか。あーあ、いいよね、エリートは。上から重用されてさ。
 ――だから、あたしなんかに目ぇつけられたのよ。

「コルセア……」

 なんでそんな顔してんの。なんでそんな泣きそうなの。あんたテールベルトの軍人さんでしょ。空軍の誇りでしょ。みんな言ってるじゃない、あんたはこの国を背負えるって。
 ……でも、そうね、あんた結構脆いもんね。国一つ背負えるわけないわよね。
 ねえ、あんたが恋愛偏差値低いことくらい知ってる。あたしはいっつもじらされてたものね。そのくせテクはあるんだからムカつくわ。ほら、笑いなさいよ。こういうときは、強く抱き締めて「愛してる」でしょ。それくらいできるでしょ? これだからテールベルトの男は……。カクタスの男を見習いなさいよね。

「愛してる。ハルナ、あんただけよ。あたしにはあんたしかいないの。あたしは、ずうっとあんたの傍にいたい」 
「……できん」
「どぉして?」

 だからなんでそんな顔。
 年相応じゃない古めかしい言葉使いも変。
 ねえ、ハルナ、早く抱き締めてよ。

「……俺は、テールベルトの軍人だ」
「知ってるわ」
「……特殊飛行部、白木駆逐隊だ」
「それも知ってる」

 ねえ、あんたはいつもそうなのね。
 肝心なことはいつも遠回し。
 男らしくないわよ。

「――感染者の駆除は本来、あんた達のメインの仕事じゃないものね」
「っ……」
「でも、あんたはその道にも長けてるでしょ?」

 対感染者戦においても、かなりの実力を持つ軍人だってことはとっくに知ってるの。白兵戦も得意でしょ。飛行樹降りたって、あんたとっても強いじゃない。
 知ってるわ。
 知ってる。
 だから、――存分に迷って。

「愛してる。ハルナ、見逃してよ。あたしはまだ意識がある。理性もあるの。新薬の効果だって出てる。ね? ほら、触って。あたし、生きてるの。喋ってる。あんたのこと愛してるって、まだ言えるのよ。あんなバケモノとは違うの」

 愛してる愛してる愛してる愛してる愛してる。
 ほぅら、男前が台無し。
 あんたは痛くないでしょう。苦しくもないでしょう?
 あたしは痛いの。苦しいの。内蔵が全部焼けそうよ。今にも吐きそう。頭も痛い。肺も、胸も、腹も、喉も、ぜんぶ、ぜんぶ痛いの。それもこれもあんたが毎日戦ってる白の植物のせいよ。あれのせいで苦しいの。頭がおかしくなりそうだわ。ねえ、知ってる? カクタスではね、人体実験なんてざらなのよ。無理矢理寄生させて、新薬が効くか試してるの。でもね、その新薬だって治療のための薬なんかじゃないのよ。新しい兵器を作るために、少しでも感染者の様々なサンプルを用意する目的で作られた薬なの。あたしの国はね、人の命を命とも思っていないの。でもこのくらい、あんたの国でもやってるでしょ? あんたが知らないだけよ。だってあんたはまっすぐだもの。きっと我慢してられない。ねえ、ハルナ、愛してる。あたし、あんたのことを、愛してる。

「愛してる、捨てないで。――殺さないで、ハルナ」

 この身体の中にいったいどれだけの寄生体がいるというの。薬が切れたらあたしはバケモノになるの? この薬だって応用すれば特効薬よ。なんたってレベルS感染者の発症を遅らせることができるんだもの。
 ねえハルナ、ハルナ、ハルナ、ハルナハルナハルナハルナハルナハルナハルナハル、

「殺さないで愛してよねえなんで抱き締めてくれないのどうして愛してくれないのハルナねえなんでよどうしてなのあたしはこんなにも愛しているのよあんたもあたしのこと好きなんでしょうだったら愛してよ抱き締めてキスして抱いてよぜんぶぜんぶ奪ってよ愛してるのよ愛してるの愛してるのよハルナ殺さないでお願い殺さないであたしを一人にしないでお願い殺さないで死にたくないのまだ死にたくないバケモノじゃないのあたしは生きてる正常なのよ死にたくないの、ねえ、」

 ねえ、ハルナ。

「愛し――」


* * *



 背後の部下が耐えきれず嘔吐した。
 ぽっかりと空いた胸の穴からは、植物の根が覗いている。血管の代わりに葉脈が皮膚に浮き、身体のあちこちに鬱血が見られた。皮膚を突き破って生えている蔓や枝は、どれも白く、しかし深紅に染まっている。
 白く濁った瞳はもうなにも映さない。血の混じった唾液と、樹液のようなものを零す唇はすでに白く変色している。
 骨の浮いた手は、爪の間から小さな白い花が咲いていた。僅かにその指先が動いた気がして、今度は額に弾を撃ち込む。
 すでに事切れているはずの女の唇から、怪鳥のような断末魔が放たれた。

「……レベルS寄生体、駆逐完了。計一体。処理班を要請する」

 声は震えていなかったか。自分は今、まっすぐに立っているだろうか。銃を持つ手は震えていないだろうか。
 これが白の植物か。
 これが敵なのか。

 人々の理性を奪い、錯乱させ、記憶を破壊し、知能を奪い、心を壊し、肉体を腐らせる。
 それが、相手にしなければいけない敵だというのか。

「……ハルナ三尉、あの、洗浄を……」
「――ああ。行く」



 ――愛してる。



 愛した女の最期の言葉を奪ったのは、憎むべき敵ではなく、自分だった。


(果たして、真実はどれか)

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