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「なになに? 二人してなんの話してるの〜?」
「あんたの話。シュミットがあんたのこと可愛いってさ」
「なっ、ゼロ!!」
「え、ほんと? ワカバより可愛い子いっぱいいるのに、もぉ〜、シュミットってば。でも嬉しい! えへへ、ありがとー!」

 シュミットと幸せそうに笑うワカバを置いて、ゼロはあっさりと立ち去ってしまった。まんまるい瞳に見つめられて落ち着かなくなったシュミットになど、これっぽっちも気にかけてくれない。
 それはあまりにひどくないか。そう気炎を上げたくとも、きょとんと目をしばたたかせるワカバを前にはどうすることもできなかったのだけれど。



 どれほど場が盛り上がろうと、いつまでも無駄話に花を咲かせている暇はない。空学生と言えど過酷な訓練がみっちりと予定に組まれている以上、時間通りに動くことは絶対だ。
 人波を泳ぐように食堂から女子寮へ戻ったワカバは、誰もいない廊下で鼻歌混じりに笑った。

「――ワカバがかわいいのはトーゼンでしょ。ばーか」


* * *



 その日は快晴で、絶好のお出かけ日和だった。空学生達にとっては、「絶好のフライト日和」だ。
 そんな中、ワカバ達はどこもかしこもキラキラと輝いているような建物の中にいた。

「わぁ〜、こんなとこ来るの初めて。なんだかドキドキしちゃうねっ」

 困ったように笑ってゼロの袖を掴んだというのに、彼は平然とした顔で「そう?」などと言ってきた。正直言って腹が立つが、そんな感情などおくびにも出さない。そんなミスをするほどワカバは間抜けではない。
 鏡を見れば、そこにはとびきりかわいい女の子が写っていただろう。現にゼロの隣にいるシュミットは、うっすらと頬を赤らめてこちらを見ている。
 これが普通の反応なのだ。笑顔でやりとりをしながら、心の中でそう吐き捨てる。ゼロはどこかおかしい。自分とそう身長の変わらない後ろ頭を、ほんの一瞬だけ睨みつける。

 幼い頃からかわいいかわいいともてはやされてきたワカバにとって、女っ気の少ない空軍学校で最も話題に上るのは、この自分だと信じて疑わなかった。しかし、蓋を開けてみればどうだ。教官も先輩も同級生も、誰も彼もが口を揃えて「ゼロが」ときた。
 筆記試験はボロボロ、体力検定もギリギリ、けれど実技で驚異的な成績を叩き出した期待の新鋭。しかも彼は、王族でもないのに深緑の髪を持っている。顔立ちだってそう悪くない。ワカバの目から見ても「男にしてはかわいい」それは、不満を煽るのには十分すぎる材料だった。
 空軍学校でワカバに目が向けられるようになったのは、入学して三ヶ月は経ってからだ。誰もが厳しい訓練に疲弊し、癒しを求めていた。だからこそ、ワカバは一人一人に優しく声をかけ、笑顔を絶やさず、細かい気配りを持ってして今の地位まで上り詰めた。
 たかだか髪の色だけで注目された男とは、力の入れようが違うのだ。それなのにいつもいつもゼロの方が特別視され、ワカバのことなど二の次になる現状は、何度考えてもどうにも解せない。

「――ワカバ、聞いてる?」
「えっ? あ、ごめんね、ちょっとぼーっとしてた! なぁに、ゼロ?」
「手、離して。エスカレーターくらい一人で乗れるでしょ。ガキじゃないんだから」
「おいゼロ、その言い方はきつすぎる」
「事実だろ」

 つっけんどんに言い置いてさっさとエスカレーターに乗ってしまったゼロの背中が、ゆっくりと遠ざかっていく。「気にすることはない」シュミットが堅苦しくそう励ましてきたので、彼の大好きなはにかんだ笑顔で応えてやった。
 ――なによ、腹立つ。
 デパート内に流れる落ち着いたクラシックを耳にしても、胸中は安らぐどころか波立つばかりだ。
 そもそも、貴重な休日に、ぱっとしない男達とこんなところで過ごすこと自体が苦痛だ。ノワキあたりなら話も上手いし見た目もそれなりだから退屈しなかっただろうが、よりにもよってこの二人とは。吐き出したくなる溜息をぐっと堪え、ワカバはエスカレーターの手すりに頬杖をついた。
 名誉のために言っておくが、ワカバと休日を過ごすとなれば、立候補する男子達の数は両手で足りないほど存在する。とはいえ、残留組が寮を抜け出すわけにもいかないし、そもそもの目的がワカバ達C(チャーリー)チームにあるのだから、他チームの人間を借り出すことも困難だった。
 お気に入りのノワキはA(アルファ)チーム所属なので、今頃は寮でフライトシミュレーションに勤しんでいることだろう。上級生ともなれば仕様は変わるが、現時点でのチーム分けは能力順ではなくランダムだ。だからこそチャーリーでも我慢ができる。同じチームのメンバーがこの二人だということには、とても不満が残っていたけれど。

「ねえシュミット、お花屋さんって最上階だっけ? シュミットは来たことある?」
「いや、私はないな。造花店なら何度か足を踏み入れたことがあるが……。一級生花店は初めてだ」
「そっか、じゃあワカバと一緒だね。ゼロはあるのかな〜?」
「ないだろう。気軽に来られるような場所でもないからな」

 シュミットの言うとおり、普段取り巻く環境とはがらりと雰囲気を変えた建物の中に自分達はいた。曇りなく磨かれたショーウィンドウの向こう側には、いかにも高級そうな服や鞄が並んでいる。
 ヴェルデで最も有名な高級デパートは、若い空学生の三人にとっては敷居の高すぎる場所だった。その上、一級生花店に訪れようとしているのだから、場違い感はどんどんと高まっていく。 
 他のプレートではどうか知らないが、このプレートにおいて「花屋」は一目置かれる高給取りだ。花屋と括られる職業には種類がいくつかあるが、本物の生花、とりわけ天然色のものを扱う店は一級生花店と呼ばれ、厳重な警備のもとで経営されている。経営者は最低でも緑花管理技士の資格とフローリスト免許を取得しておらねばならず、これらは超難関の国家資格にあたる。


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