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「ぷっ、ははは! オイオイ、マジかよ。ゼロってボウヤだろ? 俺達と当たって大丈夫か? すぐに決着ついちまうぜ」

 振り向いて確認するまでもない。キリシマが不快そうに眉を寄せているのが珍しく、ゼロに対する嘲笑で湧くカクタスの学生達に半ば関心を覚えたほどだ。
 電光掲示板に表示されていた対戦相手の名前は、ワイルドとヘルのペアだ。なら、ワイルドという名の男が彼なのだろう。ゼロとは比べ物にならない屈強な体格は、思い切りぶつかったところで容易く弾かれてしまいそうだった。癖の強い赤茶色の髪に、瞳の色はカクタスの人間に多い青だ。
 彼の後ろで大欠伸を一つ零したヘルは、やって来るなりわざわざ腰を屈めてゼロと目線の高さを合わせ、子どもに話すような雰囲気で笑った。

「Morning, peewee.」

 言葉はあえてカクタス語のまま、言語変換などされなかった。それでもなんとなく、なにを言われたのか分かる。たとえ言語が違っても悪口を言われているのは理解できるという現象は、きっと全プレート共通だろう。どうせろくなことじゃない。変換装置を使わなくても言語が理解できるのか、キリシマがカクタスの言葉でなにかを言い返していた。表情こそ穏やかだが、こういった対応そのものが珍しい。
 それにしても、腹が立つほど綺麗な色の目だ。見つめてくるスカイブルーの瞳を睥睨して、そんなことを思った。

「……なあ、あんたいくつ?」
「キミより二十センチは上かな。それがどうしたんだい?」
「そっちじゃない。何歳かって聞いてんの」
「十六だけど」

 しれっと言い放たれた一言に、キリシマと一緒に固まった。どう見てもキリシマと同じ年くらいに見えるのに、ゼロより二つも年下なのか。羨望と苛立ちが綯い交ぜになるのを感じながらも、ゼロはぐっと言葉を飲んで踵を返した。キリシマの腕を引いて同行を促す。
 ゼロとキリシマのフライトは第四フライトとなっていたから、時間的には昼過ぎだろう。まだ時間はたっぷりとある。ここで無駄な精神力の消耗は避けたかった。

「それじゃあね! ボウヤが怪我をしないよう、兄貴とゆっくり作戦会議してくるよ」

 どうぞ、ご自由に。
 ゼロの顔を覗き込んできたキリシマが、「え?」と不思議そうな声を上げた。チビだのボウヤだのと言われて、また切れるとでも思っていたのだろうか。その予想はあながち外れではない。外れではないけれど、どうやら彼の予想とは幾分か違った反応をしていたらしい。
 ゼロはにやりと笑んで、脳裏に焼き付いたスカイブルーを射抜いた。真昼間から輝く星の光を撃ち落とす。

「――どっちがボウヤか教えてやるよ」

 早く。
 早く、空へ。
 翼を広げ、思う存分飛び回って。
 そして、あの眩しい星を地へと落とそう。
 疼く身体を、一刻も早くあの青の中に解き放ちたい。


* * *



『TV-4(ティーヴィーフォー)・フライト、クリア・フォー・テイクオフ』

 キリシマとゼロの編隊が離陸を許可されたのは、午後の部が開始されてすぐのことだった。ヘルメットイヤホンに聞こえてきた指示に向かって、キリシマが応答する。編隊長であるキリシマが管制塔に応答して滑走路右側へ進入すれば、ゼロの二番機が互いの翼が重ならぬように間隔を開けながら、後方左半分の滑走路へと進入してくる。
 空はもう目の前だ。凄まじい音を上げながら、片発ずつエンジン出力を上げていく。そして左右両方のエンジンを全開にして、アフターバーナーに点火した。後方ではおそらく、ゼロも同じことをしているのだろう。
 あとはキリシマが一言、管制塔に離陸を告げればいいだけだ。

「――TV-4・1(ワン)、テイクオフ」

 踏み込んでいたブレーキから足を離し、全身を揺さぶる衝撃と爆音を上げながら炎を噴き上げて滑走路を滑るように走る。ものの数秒で機体はふわりと浮き上がり、一直線に空を目指していた。身体を座席に叩きつけられるような衝撃は、何度飛んでも苦痛と感じる。『2(ツー)、テイクオフ』ヘルメットイヤホンにゼロの声が届き、猛烈な勢いで遠ざかっていく地上から、自分と同じ深緑の機体が駆け上ってきた。
 ヘッドアップディスプレイに映し出される速度を確認して、キリシマは着陸脚を引き上げるなり、さらに加速させた。地上からはもう豆粒よりも小さく見えているだろう。雲を貫き青に突き刺さる深緑の機体は、より一層濃さを増した空の中へと溶けていく。
 無線に指示が飛び、会敵コース上での飛行が命じられた。「敵機」であるカクタスの編隊は、どこから来るのか分からない。分からないとは言っても、レーダーが感知すればすぐにディスプレイに存在は表示される。そこからは管制塔司令部からの指示はなく、学生達の自己判断による模擬空戦が開始される。
 今回は、領空に侵入してきた敵機との交戦という設定だ。まずはこちら側が見つけなければ、その時点で向こうに点数が加算されていく。

『目標発見、二時方向』

 静かなゼロの声に、キリシマは目を瞠った。ディスプレイを食い入るように見たその瞬間、オレンジ色の三角が表示される。今乗っている飛行樹は練習機ということもあって、レーダーの性能をあえて下げている。本来の飛行樹であれば、もうとっくの昔にレーダーが敵機を補足していただろう。しかし、この機体にその性能は見込めない。
 それでも、レーダーが捉えるよりも先に、ゼロは目標を発見したというのか。どんな目をしているのだ。愛らしい風貌とは不釣り合いの「空の悪魔」という二つ名が、ずしっと重くキリシマの胸に響いた。

「――目標発見、接近する」

 敵機の機影は灰色がかった深い青だ。その機腹部には、星を貫く矢のシンボルマークがペイントされている。スロットを前方に叩き込んで一気に加速し、敵機に接近する。相手とてじっとしているわけがない。こちらの接近を確認するなりふらふらと左右に翼を振り、そこから大きく円を描いてループしてみせた。
 完全な挑発だ。どう追い込んでやろう。酸素マスクの下で唇を舐めたキリシマの耳を、機械を通したゼロの声が叩く。

『ね、センパイ。――あとでもし怒られたらさ、全部俺が悪いって言っといてよ』
「は? え、ちょっとゼロくん?」

 空に、直線が走る。
 アフターバーナーの炎が眼前を駆けたかと思えば、二番機であるはずのゼロの機体が猛スピードでキリシマの前方を飛んでいく。さすがのキリシマもこれには唖然とした。無線で呼びかければ、ゼロは楽しそうに応える。その弾む声に、今自分がどこにいるのか忘れそうになった。


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