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 考えている暇などない。繰り出される体術に合わせ、ただ身体を動かす。拳銃を突き出した腕に圧がかかった。そう思ったのは本当に一瞬だ。瞬きする間もなく、肘と肩が悲鳴を上げる。ぐっと下に押し下げられた手を思い切り殴られ、痛みというよりも衝撃によって拳銃を取り落とした。
 ――まずい。
 大きな手がゼロの顔へと伸びてくる。腕の痛みに構わずそのまま膝を曲げ、勢いをつけて足を払ってなんとか腕のホールドを解いた。当然のように落とした拳銃は蹴り出され、シュミットを戦闘不能状態にし終えたスピットが手の中でくるくると弄んでいる。

「――なに、あんた達、もしかして強いの?」

 あのまま顔を掴まれていれば、勢いよく捻られて首の筋を痛めるか、ファイアの膝とキスするはめになっていただろう。こんな綺麗な顔をしているくせに、やることはえげつない。
 あっという間に拳銃を解体し、中から偽弾を抜いてばら撒いたスピットが柔らかい笑顔で首を傾げた。同じ金髪でも、さっきのいけ好かない男とは濃さが違う。双子の髪はより濃く、鮮やかに輝いていた。

「俺達って強いのかな、スピット」
「弱くはないだろうね、ファイア。でもまあ、なんと言いますか、」

 一端そこで言葉を区切ったかと思えば、スピットが彼自身の拳銃を構え、ゼロへ向かって腕を伸ばした。一瞬の迷いもなく引き金が引かれる。周りの音など聞こえない。今はただ、目前の双子だけで手一杯だ。
 避けられることは予想の範囲内だったのか、スピットは笑みを浮かべたままだった。意識が偽弾を避けることにのみ集中している間に、赤が視界の端から消えていた。燃え立つような、輝く炎を思わせる赤い髪。それが瞬時に背後で揺れる。拳銃をナイフに見立てて突き出してきたのは、明らかな挑発だ。それでも、防がなければこちらがやられる。
 脇に抱え込むようにして腕を捌き、肘を捕らえる。流れる動作のままに膝で手首を蹴り上げようと足を浮かせた刹那、息が詰まり、後頭部にゴリッという硬い感触が押し当てられた。

「「チェックメイト。――これも、ビリジアン紳士の嗜みかな」」

 喉を掴んだ大きな手。両耳から流し込まれるよく似た声と、まったく同じ台詞。完全にホールドされた身体と、胸と後頭部に突きつけられた二つの銃口に、もうなす術はなかった。撃鉄を引き起こす音が骨に響く。
 ――完璧な負けだ。いっそ清々しいほどに。
 解放され、その場にずるりとへたり込んだゼロに、双子は変わらず綺麗な笑みを浮かべて手を差し出してきた。そのタイミングまでまったく一緒で、彼らは同じ信号を受けて動いている電子機器なのではないかとそんなことを思う。それにしても、わざわざ片膝をついて手を差し伸べる辺り、「ビリジアン紳士」という国民性に驚嘆せざるを得ない。彼らが特別なのかもしれないけれど。
 両方の手に自分の手を叩きつけるように重ねて跳ねるように起き上がり、片膝をついたまま見上げてくる二人に向かって、ゼロはべっと舌を出した。

「俺はお姫サマじゃねーっての! ……ま、でも、ありがと!」

 今度はゼロの方から双子の手を掴み、勢いよく引き上げる。立ち上がった二人を近くで見上げると、二十五センチは差があるだろうか。ああまったく、首が痛い。
 息を整えてから、苦い顔をするシュミットに駆け寄れば、彼は悔しそうに唇を噛んでいた。「彼らを表面だけで判断していた自分が情けない」本当に生真面目で、これでは疲れやしないかと心配するほどだ。
 ふと見上げた双子の髪は、心配に反してきちんと乱れていた。そのことに心底ほっとする。そして同時に嬉しくなった。

「どうしたんだ?」
「なんだか急に嬉しそうだ」

 どうしたどうしたと両サイドから訊ねてくる双子を適当にあしらいながら待機場に戻ると、ベンチに青が待っていた。途端に苛立ちがよみがえる。にんまりと微笑むその顔立ちは確かに上等な造りだと思うが、スピットとファイアに比べれば随分と品がない。
 手櫛で髪を整えた双子が、猫のような男を見て軽く腰を折った。

「……なに、あんたら知り合い?」
「知り合いというほどでもないけれど。だよね、ファイア」
「そうだな、スピット。俺達はあんまりカクタスと交流がない」

 じゃあどういう、と聞きかけた言葉は、絡みついてきた腕によって遮られた。

「怪我してないかい、チビちゃん。さっきキミのママに聞いたよ、明日の空戦にキミも参加するんだって? お空は広いよ、迷子にならずにお使いできるかい?」
「ああっ!?」
「オイ、ヘル! 負けた傷心のボウヤを慰めるのは明日にしてやれよ、どうせ明日も負けるんだからよ」
「ははっ、それもそうか。じゃあね、俺達もそろそろ出番だから行ってくるよ。せっかくだから応援して――っと、チビちゃんだから見えないか。ママのお膝に乗せてもらいな」
「――死ねっ!!」

 腹の底から吠えた一言に、それでも男――ヘルと呼ばれていた――は口角を吊り上げる。
 ぐっと伸びをするその背中に、今すぐに弾丸を撃ち込んでやりたい。
 頭から煙を出す勢いで怒り狂うゼロの視線の先には、常に青があった。キリシマがなにかを言っている。きっと労ってくれているのだろう。シュミットが滔々と反省点を述べているが、耳に入ってこない。ビリジアンの双子は、どこから出してきたのか優雅にティータイムを始めてしまった。
 何十人もの空学生が入り乱れるグラウンドだ。カクタスの学生は皆、同じ制服を着ているから、深い青はそこらじゅうに溢れている。それでも、見失わなかった。視線が外れようとしなかった。星屑を集めた金と、遥か上空に広がる青。猫のようにしなやかな動きが、どこにいても目に飛び込んでくる。
 ようやっとゼロがその視線を外したのは、彼が対戦相手の胸に踵を下ろしたときだった。


* * *



 こんなことわざ知ってる?
 ――「好奇心は猫をも殺す」んだってさ。 


 模擬空戦の対戦組み合わせは、当日に発表される。
 電光掲示板を見上げて、ゼロはこきりと首を鳴らした。昨日の地上格闘戦で思いのほか疲れていたのか、昨夜はいつも以上にぐっすり眠れたように思う。昨日よりも冷えた風が頬を舐めていく。隣に立つキリシマが、掲示板を見て目を丸くさせていた。いつもはただただ穏やかなだけの瞳が気遣うように自分を見下ろしてきたので、ゼロは思わず噴き出しそうになった。軽く脇腹を小突き、にんまりと唇の端を吊り上げる。
 その背に、げらげらと下品な笑声が投げられる。


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