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「――こら。なにケンカしてるの? 次、ゼロくん達の番だよ。早く行って」
「おわっ、ちょっ、センパイ!? なにすんだよ!」
「なにって……、ゼロくんの首根っこ掴んでぶら下げてるけど……」
「そーゆー説明しろっつってんじゃないっての! ――ああもうっ! 行くぞ、シュミット!」

 急に息が詰まって足が地面から離れたと思ったら、どこからか騒ぎを聞きつけてやってきたキリシマによって、あっという間に毒気を抜かれてしまった。大方見ていた誰かが呼んだのだろうけれど、それにしたって、もう少し気の利いた仲介の仕方はなかったのだろうか。犬猫じゃあるまいし、あの止め方はあんまりだ。
 続々と人の集まるグラウンドに向かう道すがら、ゼロの背中によく通る声が投げられた。

「怪我しないように頑張りな、チビちゃん! 負けたら慰めてくれるママが近くにいてよかったね!」

 張り上げられた声に、怒りと羞恥が綯い交ぜになって押し寄せる。男の嘲笑はキリシマにも向けられているというのに、彼はきょとんとしていた。天然もあそこまで行けば羨ましい。
 「ゼロ、」「分かってる!」先を促すシュミットに怒鳴るように返事をして、ゼロは無理やり歩を進めた。
 この苛立ちは格闘練習で発散するしかない。そしてこれが終わったら、あの男の澄ました横っ面を一発殴ってやる。固くそう決意して、ゼロは所定の位置についた。



「初めまして、私はビリジアン空軍士官学校一学年のスピット。こっちの赤い方がファイア」
「どうぞよろしく、テールベルトのお二人さん」

 対戦相手として現れたのは、どこからどう見ても軍人とは縁遠そうな、やたらとキラキラした二人の男だった。
 彼らを前にあんぐりと口を開けたシュミットは、スピットとファイアと名乗った二人の空学生を指さして小さく「嘘だろっ」と悲鳴のような声を上げる。

「どうしたんだよ」
「ゼロ、君、知らないのか。“駒鳥”だよ。ビリジアンの駒鳥双子」
「コマドリ? なにそれ」
「君はもう少し一般常識も勉強した方がいい。彼らは、ビリジアンのとても有名なモデルだ」

 そっくりの顔を二つ並べて、スピットとファイアは紳士然と微笑んでいる。確かに軍人というよりもモデルの肩書きがよく似合う風貌だが、しかしモデルがどうして空学生なんぞをやっているんだ。そう問えば、シュミットはやや興奮したように早口で言った。「貴族家の出と聞く。貴族の嗜みで勲章を、だとか、なんとか」その声には、隠しきれない嫌悪が混じっていた。「私は、そういう中途半端な人間が嫌いだ」唸るような声だったので相手には聞こえていないだろうが、ゼロよりもシュミットの方が喧嘩っ早いのではないかとすら思う。駒鳥双子という呼び方は、彼らの家の紋章が駒鳥であることに由来しているらしい。
 貴族の嗜みだか道楽だか知らないが、軍人などしていて、モデルの顔に傷がついても大丈夫なのだろうか。嫌味なまでに整った顔立ちを見ていると、純粋にそんな疑問が沸いてくる。
 彼らは二人とも、とても綺麗に整えられた髪型をしていた。ふわりとした曲線が美しく、時間がかけられていそうな頭だ。動けばすぐに乱れるだろうし、ヘルメットを被れば潰れるだろう。それともあれは、特にセットもせずにああなっているのだろうか。だとしたら、貴族の血というのは恐ろしい。

「あー……、俺、テールベルト空軍学校一年のゼロ。そんで、」
「私が同じく一年、戦闘機パイロットを志願しているシュミットだ。よろしく」
「「ああ、よろしく」」

 綺麗に声が重なったので、ゼロは純粋に感心するより他になかった。彼らはそっくりの顔と声をしていたけれど、見分けるのは簡単だ。スピットは全体的に金髪で、右側の一部だけを赤く染めている。対してファイアは全体を赤く染め、左側の一部だけを金髪のまま染めずに残しているようだった。一目で分かる違いにほっとする。
 それにしても――。あちこちから突き刺さる視線に、ゼロは頬を掻いた。順番待ちの女子学生達の視線が、目の前の双子に集中している。なるほど、人気は確かなようだ。キリシマよりはやや低いが、それでも見上げなければならない長身と整った顔立ちには、劣等感が否応なく刺激されていく。加えて、ゼロには先ほどのカクタスの一件で、かなりの鬱憤が溜まっていた。

「……怪我、しないようにね」



 格闘練習開始の号令がかけられ、すぐさまゼロは双子から距離を置いた。これはあくまで「格闘練習」だ。どんな格闘術も盛り込んでいい。日頃行う近接戦闘訓練とはまた違う。分かりやすく言えば、かっこよく呼び名を変えた「ケンカ」に過ぎない。そんなことを生真面目なシュミットに言えば「違う!」と説教されてしまうだろうから、口を噤んだけれど。
 互いに拳銃及び小銃の所持が認められており、中には偽弾が込められている。相手を武装解除し、戦闘不能状態に持って行けばこちらの勝利だ。
 ふわりと双子の髪が風になびく。周りではすでに格闘戦が始まっており、あちこちから気合いの入った声が轟いていた。目の前の双子は、そんな土埃の舞うグラウンドがこの上なく似合わない。今でこそ黄土色の戦闘服に身を包んでいるが、ビリジアンの制服の基本色は鮮やかな緑だ。彼らはそんな制服か、あるいは盛装をしてホテルのラウンジに立っている方が、よほど似合うだろう。
 それでも、この場にいる限りは手加減など無用だ。シュミットに目配せして、ゼロは一気に地を蹴った。小銃の携帯が認められていたが、ゼロはあえて装備していない。情けないが、正直に言えば体力には自信がない。あんな重たいものを持って戦うよりも、身軽な状態で動くことを優先した。

「シュミット、クリアしろ!」
「ああ!」

 小柄な体型を生かし、素早さを見せつけるようにファイアの背後に回り込む。抜いた拳銃の引き金に手をかけたゼロの耳に、「ぐあっ!」というシュミットの呻き声が届いた。――避けろ。本能の警告に任せて大きく後退し、間合いを確保する。振り向きざまに蹴りを繰り出したファイアの爪先が、ゼロの鼻先を掠めていった。
 スピットの腕にホールドされ完全に首を固められたシュミットが、苦しげに眉根を寄せていた。生真面目で堅物で、お勉強の虫ではあるけれど、彼の格闘戦の腕は悪くなかったはずだ。それが、この一瞬で捕まった。ゼロが見ていない、ほんの一瞬だ。なにがあった。唖然としたゼロの眼前に赤がよぎり、慌てて腕を交差させて受け身を取る。


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