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「で、他は?」
「ええと……、真面目な人が好きです」

 ふわりと笑うと、キリシマはますます母の面影を濃くさせる。柔らかい髪も、目元も、口元も。どれもこれも柔和で、鋭い印象ばかり与えるハルナとは大違いだ。
 幼い頃のハルナは母の好みで髪を伸ばしていたため、名前も相まって女の子に間違われることが多々あった。けれどそれも物心つく頃にはなくなっていて、お父さんに似て精悍な顔つきねと言われることが多かったものだ。けれどキリシマは、髪を伸ばさずとも女の子に間違われていたし、身体つきがしっかりしてくるまではそれがずっと続いていた。間違われることがなくなった今でも、母親譲りの穏やかさは健在だ。

「真面目な人かぁ」
「はい。何事にも一生懸命で、自分の考えをしっかり持っているような、芯の通った人が。あ、でも、しっかりしているのに、どこか守りたくなるようなかわいい人が素敵だなって思います」

 初めて聞く弟の好みは内面を重視したもので、兄としては安心する限りだ。
 ナガトのように胸の大きさでも語ってきたらどうしようかと危惧していたが、そんな心配はないらしい。うんうんと頷いていたハルナは、急にしんとしたその場の空気に眉を寄せた。
 顔を上げて見てみれば、誰もが複雑そうな顔でキリシマを見てる。

「あの、キリシマくんさ……。それ、ただのハル、――あいって!! なにするんですか、スズヤ二尉!!」
「ややこしいことになるから言わないの。黙ってて」

 なにかを言いかけたナガトの頭を思い切りはたいたスズヤが、やってられないと言わんばかりの様子で酒を呷った。どうしたのだろう。キリシマと顔を見合わせ、二人同時に首を傾げる。
 その後ろで、山が動いた。

「なっんだ、それ、ハルナみてぇだなぁ!!」

 ガハハと品のない笑声を発し、それだけを言って再び寝落ちたカガの姿に一同が言葉を失くす。
 ハルナみたい、とは。話の流れから推測するに、キリシマの好みのことだろうか。
 真面目で何事にも一生懸命、自分の考えをしっかり持っていて――……、いや、まさか。自分はそんなに立派なものじゃない。あの人はなにを言うんだかと呆れかえっていると、キリシマがくすくすと笑って「違いますよ」と言った。

「そんなことないです。だって、兄さんはとってもかっこいいんですから。ね?」
「え……」
「兄さんはいつも俺の憧れで、目標だから」

 ぼっと顔が熱くなる。キリシマのまっすぐな称賛は今に始まったことではないが、こんな風に仲間の前で褒めちぎられると恥ずかしい。思わず俯くハルナには、キリシマのきらきらとした笑顔を見て壁や床を殴りつける仲間達の姿は映っていなかった。
 同じタイミングで聞こえてきた携帯端末の振動音に、キリシマが「あっ」と胸ポケットを押さえた。取り出した端末には、友人の名が表示されていたのだろう。

「――友達。戻って来いって、怒られちゃった」
「ああ。あまり飲みすぎるなよ。あと、羽目も外さんように。それから、」
「ちょっとハルちゃん、キリシマくんももう大人なんだから。――それじゃあね、また」
「はい、スズヤさん。皆さん、今後とも兄をよろしくお願いいたします。本日は突然お邪魔して、大変失礼をいたしました。それでは」

 深々とした礼と完璧な敬礼を残し、キリシマは座敷をあとにした。
 「もう大人なんだから」スズヤの言葉が、思いのほか鋭く胸に突き刺さる。そうか、大人か。いつまでも子供だと思っていたのに、弟はすっかり大人になってしまっていた。
 嬉しいけれど、少し寂しい。
 そんな感傷を誤魔化すように湯呑みをぐいっと呷った矢先――喉を焼く熱い液体に、目の前がくらりと揺れた。


* * *



「もーお、キリシマくんってばどこ行ってたのぉ?」
「勝手に抜けるなんざありえねーっつの!」
「ごめんね。隣の部屋に、たまたま兄が来ていたから話し込んじゃって」

 座敷に戻るなりブーイングの嵐を浴びながら、キリシマは適当に空いたスペースへ着席した。すぐさま擦り寄ってくる初対面の女性陣に、どうしたものかと苦笑する。つんと香る化粧の匂いは、あまり得意ではない。
 兄と聞いて、女性陣よりも友人達の方が一斉にざわついた。酒によって赤く染まった目元を輝かせ、身を乗り出して「それって!」と食いついてくる。

「キリシマの兄貴って、あのハルナ二尉か!?」
「マジかよ、ハルナ二尉隣にいんの!?」
「うん。特殊飛行部の皆さんと飲み会なんだって」
「うぉおおおお! え、ちょ、誰、誰いた、他に!!」
「カガ二佐に、ソウヤ一尉、それからスズヤ二尉と、ナガト三尉にアカギ三尉がいらしたよ」

 きょとんとする女性陣を置いてけぼりにして、男性陣が盛大に雄叫びを上げた。ああもう、これじゃあ隣に聞こえちゃうかなぁ。羽目を外すなと言われたばかりなので、どうしても苦笑が零れる。
 友人が集めた合コン相手は、空軍の内部事情に詳しくないらしい。普通の女の子だから、それもそうだろう。友人の一人が興奮した様子で説明すると、彼女達は一斉にキリシマを見て黄色い声を上げた。


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