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 刺身をつまみながらぼんやりと弟を観察していると、後ろから首に腕が巻きついてきた。一瞬スズヤかと思ったが、絡みついた煙草の匂いがそれを否定する。

「ソウヤ一尉?」
「お前の弟、でっけぇな」
「ええ。家族の中では一番背が高いですね。俺も気がついたら抜かされていました」

 膝立ちでもたれかかってきたソウヤは、ハルナの肩に顎を乗せてけらけらと笑った。振動が直接伝わってくる。隅で寝転がっていたナガトが、「身長の話はしないでください」と畳を齧るように言った。
 テールベルトの男性平均身長にほんの僅か届かないナガトにとっては、身長は唯一のコンプレックスらしい。唯一と言った瞬間、カガなど腹を抱えて笑っていたけれど。
 ハルナとキリシマにはちょうど10cmの差がある。定規で見ればさほど変わらないように思えるが、これがなかなかどうして、かなりの差を生んでいる。欲を言えばあれくらい成長してみたかったが、コンプレックスというほどのものではない。ハルナからしてみれば、大きな弟はいつまでも小さいままだからかもしれなかった。

「つか、似てねぇし」
「キリシマは母親似なんです。髪質とかも全然違うんですよ」
「へえ? ――キリシマ、ちょっとこっち来い」

 呼びつけられたキリシマが、腕に捕らえられたハルナを見て少し目を丸くさせた。それでも大人しくこちらにやってきて、きちんと膝を揃えて座る。その背後で、カガが服を脱ごうとしてアカギに必死に止められているのが見えた。
 ソウヤの手が伸びる。大きな手がキリシマの頭に触れ、確かめるようにわしゃわしゃと掻き混ぜた。犬でも撫でるみたいだな。そんな風に思っていたら自分の頭にも衝撃がやってきて、ハルナは油断していた首の負荷に小さく呻いた。

「おー、マジだ。お前ら毛並が全然違うのな」
「毛並って……。犬じゃないんですよ」
「犬みてぇなもんだろ。ほらハルナ、お手」
「ソウヤ一尉っ!!」
「はいはい吠えるな吠えるな」

 いつもの調子ではあるけれど、弟の前では兄の威厳に関わってくる。そう思って吠えたというのに、肝心のキリシマはくすくすと楽しそうに笑うのだから頭を抱えたくなる。犬扱いされて気分を害するどころか、ソウヤが差し出した手のひらに、ハルナの代わりに自分の手を置いているのだからより一層やるせない。
 「おー、よしよし」酒が回って上機嫌のソウヤは、両手でキリシマの頭を掻き回して笑っていた。

「そういや、お前なんで隣の飲み会抜けてきたんだ? ダチと飲んでたんだろ?」

 キリシマが口を開くよりも早く、外野が騒いだ。

「ってか、隣って合コンやってなかった? さっきトイレ行ったときにちらっと見たけど、巨乳の女の子いたよね?」
「合コン!? なんだキリシマ、女とキャッキャウフフしながら酒飲んでたのか! オッチャンもやりてぇ!!」

 目を輝かせたナガトをアカギが叩き伏せたが、すでに半裸状態のカガを止める者はいない。ここにヒュウガかイセでもいれば話は別だったが、あの二人は付き合ってられるかと誘った段階で断られてしまっていた。
 ごつい腕ががっしりとキリシマの肩を掴み、カガが酒臭い息をぐっと近づける。

「なぁ、なんで合コン抜けてきたんだよーお」
「ええと、俺――じゃなくて、自分、ああいった場は少し苦手なんです。本当は今日も、ただの飲み会だって聞いてて……来てみたら、女の子達がいて」
「ええ〜、そんなサプライズ、オッチャンなら大歓迎だけどなぁ」
「艦長と一緒にせんでください。キリシマは真面目なんです」
「キリシマぁ、ハルナにもっと俺に優しくするよう伝えてくれ」

 ぐずりながら抱き着くカガを笑いながら宥めるキリシマは、この飲み会が初めてとは思えないほど馴染んでいた。いくら親しみやすいカガが相手とはいえ、艦長クラスを前に笑って酒を飲めるとは感心だ。内心緊張しているのは兄弟だからこそ読み取れたが、それでもそれは微々たるものだ。これなら、ヴェルデ基地に配属されてからもいい関係を築けるだろう。
 ぽんぽんとカガの背中を軽く叩いていたキリシマが、柔らかい瞳をハルナに向けた。母に似て柔らかい瞳だ。色は同じなのに、形が全然違う。

「兄さん、お願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「カガ艦長、寝ちゃったみたいなんだ。どうしたらいい……?」

 その瞬間、ソウヤとスズヤが勢いよく噴き出した。



 ぐうぐうと寝息を立てるカガを座敷の隅に転がして再会した飲み会の話のタネは、やはりと言うべきかキリシマの話題だった。酒が入って目元を赤くさせたナガトが身を乗り出し、「ねえねえ」と話を切り出す。

「合コン苦手って言ってたけどさ、キリシマくんって彼女いるの?」
「いえ、今はいません」
「おっ! 今はってことは前はいたんだ? なんで別れたの?」
「『同じ話ばかりでつまらない』って言われてフラれちゃいました」

 初耳だ。
 デザートに注文したチョコレートアイスを一人食べながら、ちらと弟の横顔を盗み見る。兄弟で恋愛話なんてしたことがない。積極的に聞きたいと思ったことはないが、興味がないと言えば嘘になる。
 にこにこと笑みを浮かべるキリシマは、特に嫌がる様子もなくナガトの質問に答えていく。前の彼女はいつ別れたのか。何人と付き合ってきたのか。好きな胸のサイズは。兄の前だけあってかさすがに最後だけは言葉を濁したが、もしさらっと口にしていれば二人纏めて蹴り倒してやろうと思っていたので安心した。
 カガのいびきが響く。

「ナガトもさぁ、もっと根本的なこと訊きなよ。キリシマくんのタイプの女の子ってどんな子〜?」
「え、タイプ、ですか?」
「そ。年上? 年下?」

 質問者がスズヤに変わる。
 一人静かに――けれど楽しそうに――酒を飲むソウヤはなにも言わないし、アカギも興味ないと言わんばかりに唐揚げに手を付けている。

「あまりこだわりませんけど……、でも、どちらかと言えば年上ですね」
「おっ! じゃあお姉サマ系のデータ送ろうか?」
「ははっ、それはさすがにハルちゃんに怒られるよ、ナガト」

 なんの話だ。胸中は苦い思いが満ちるが、舌にはアイスの冷たい甘さが溶けていく。
 怪訝そうに見るハルナを構わず、スズヤがさらに続けた。


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