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「すっごーい、キリシマくんのお兄ちゃんって偉い人なんだぁ」
「特殊部隊だなんてかっこいーい! ねえ、お兄さんの写真ないの?」

 ぎゅっと腕にしがみつかれ、やんわりとその腕をほどきながらキリシマは携帯端末を操作した。視界の端で巻き髪が揺れている。ふわふわとしていてかわいいけれど、まっすぐの黒髪の方が好きかなぁ。そんなことを思いながら、ついさっき撮ったばかりの兄の写真を提示した。
 ハルナとソウヤ、それから自分。スズヤが撮ってくれた写真に、男女どちらもが騒ぎ出す。

「うっわマジだ、マジでハルナ二尉だ! ソウヤ一尉かっけぇ!!」
「ほんとー、お兄さんかっこいーい! 守られたーい!」
「ねえねえキリシマくん、お兄さんってどんな人なの? 性格とか!」

 どうしてそんなことを聞きたがるのかいまいちよく分からなかったが、兄の自慢ができるのならこんなチャンスは逃すわけにはいかない。

「そうだなぁ……。兄さんは、真面目で、堅物で、すごくまっすぐな人だよ。いつも全力で取り組んで、諦めなくって。絶対に譲れない自分の芯を持った人」

 幼い頃に家族で植物園に行ったとき、緑を見つめながら兄は言った。「俺は必ずこれを取り戻す」緑が当たり前となるように。白に怯えなくてすむように。あの人はその決意を胸に、空を飛ぶ。
 いつだってキリシマの前に立っていて、手を引いてくれていた。
 かっこいい兄の存在は、幼い頃からキリシマの自慢だったのだ。

「きゃあ、お兄さんって男らしいんだ! カッコイイ!」
「うん。あ、でもね。兄さんって、しっかりしてるけどどこか抜けてて、小さい頃はしょっちゅう捨て猫を拾ってきてね。うちじゃ飼いきれないからって言ったら、猫と一緒に家出したりしてたんだよ。俺が探しに行くまで、兄さんずっと公園の遊具の中で膝抱えてて」
「え、なにそれかわいい……」
「甘いもの大好きで、でも買うのが恥ずかしいからって自分でプリン作ったり」

 別にプリンやケーキくらい好きに買えばいいと思うのだが、ハルナはそうもいかないらしい。母の手伝いをしていたからか料理の腕も確かで、お菓子作りも練習を重ねるうちに瞬く間に上達していった。ハルナが実家にいた頃は、家族の誕生日には手作りケーキが出てくるのが定番だった。
 またチーズケーキ食べたいなあ。甘いものがそう得意ではないキリシマでも、兄のケーキは食べられる。
 もう一度眺めた写真には、父親譲りの精悍な顔つきの兄がどこか照れくさそうにこちらを見ているのが写っていた。癖のない黒髪は同じなのに、硬さが違うだけでこうも雰囲気が変わるのか。輪郭はそう違わない。鼻筋もよく見れば似ている。けれど、目元と口元が明らかに違う。
 常に笑んでいるような形のキリシマに対し、兄のハルナは常時難しい顔をしているように見える。一見すれば不機嫌と捉えられかねないが、周りにあれだけ人が集まるのは彼の人望ゆえだろう。

「ね、お隣お邪魔しちゃわない?」
「おっ、いーじゃん! 未来の上官達に挨拶しときてぇしな!」
「だよねだよねー!」
「キリシマくん、行こうよ! お兄さん紹介して!」

 返事も聞かず立ち上がった隣の女が、はしゃぐ声を降らしてきた。他の面々もすでに隣に乱入する気満々の様相だ。テーブルの上やら下にはかなりの数の瓶やグラスが転がっていて、相当酔っていると伺い知れる。だからこそのこの発想なのだろうが――、「まったくもう」胸の中で呟いて、キリシマは席を立った女の手をぎゅっと握った。

「行っちゃだめ」
「えっ? き、キリシマくん……?」

 振りほどけるくらい軽い拘束で、その場にいる全員を繋ぎ止める。

「あげないよ」

 ふんわりと笑って、か細い指に指を絡めた。見上げた女の顔が、瞬時に赤く染まっていく。
 小さな手だ。
 怖いくらいに。

「あげない。――俺の兄さん、取っちゃだめ」

 緑を取り戻すため、あの人は空を舞う。プレートを渡る。白を駆逐する。
 常に前を見据え、己を律し、道を違えぬように歩み続ける。
 痛いくらいにまっすぐで、けれど、正しくあるために折れざるを得ない痛みを知っている人。
 いつまでも手を引かれるばかりではいられないのだ。
 音速で飛ぶあの翼に追従する飛行機雲ではなく、あの人の隣に並んで、同じものを見て、そうして同じ空を飛んで。

 ――いつか、その先へ。

 だからそれまでは、こんなにもか細い腕には任せられない。
 取っちゃだめ。あの人の隣に追いついて、同じ景色を見るまでは。

 何度も頷きながら崩れ落ちてきた女の身体を支えて、甘い香りのする頭をよしよしと撫でてやる。女性陣は全員呆気にとられ、尻餅をつくように着席していた。男性陣はなんとも言えない表情でキリシマを見ていたが、彼らがなにを思おうと気にならない。呆れようがどうしようが、それは彼らの自由だからだ。
 さすがに隣に乗り込むと言われれば、迷惑だからと止めたけれど。
 幸い、少し冷静になった彼らは大人しく席について酒盛りを再開し始めた。
 ぎこちない空気が徐々に元に戻っていくのを感じながら、キリシマは携帯端末の画面をじっと見つめ、小さく笑った。


 目指すはテールベルト空軍、特殊飛行部。
 ――緑を奪取すべく青に溶ける、その部隊のみ。






*翌日*

ソウヤ
「お前はまったく飲めねぇくせに、弟の方は酒強いんだな。かなりきついやつハイペースで飲ませたってのに、顔色一つ変えねぇし」

ハルナ
「え、でもあいつ、相当酔ってましたよ? 顔には一切出ませんけど」


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