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 どうやらここは会議室のようで、椅子と机には困ることがない。納得できるだけの簡易バリケードを築いたハルナは、そこでやっとゼロたちに向き直った。
 職員たちは皆、今にも倒れそうなほど顔を青褪めさせている。ガタガタと震えているのは、恐怖によるものだろう。
 一体なにが起きているのだろうか。訝るゼロが見たものは、氷よりも冷たく、雷よりも激しいハルナの険しい眼差しだった。

「それで? どういうことか説明してもらおうか、主任殿。なぜここに、いるはずのない感染者がいる?」
「ひっ……! あ、ああ……」
「聞こえなかったか? 俺は、説明をしろと、言ったんだ」
「ひぃっ!」

 ゼロとワカバを除く全員が後ずさるほどの冷気を滲ませ、ハルナが主任の男を睨んだ。
 三十代半ばだろうか。ハルナよりは年上だが、それでもまだ若い。瞳にはうっすらと涙を浮かべ、彼はぶるぶると首を振った。
 日常的にしょっちゅう関わっているわけではないゼロにだって、今のハルナが相当怒っていることくらい容易に想像がつく。彼は外部の人間には常に丁寧で、これほど威圧的な態度を取るような男ではない。
 一切手は出していないのに、その視線と声音だけで職員らは完全に圧倒されていた。

「感染者、ですか……?」

 この空気の中、勇気を出して口を挟んだのはワカバだ。日頃からカガ隊で特別訓練を受けている分、こうしたハルナの雰囲気にも若干耐性ができているらしい。

「ああ。それも、よりにもよってレベルS感染者だ」
「レベルS!?」
「おそらく寄生され、発芽しているだろうな。外部からの侵入はまずありえんだろう。反応はこの『施設内』から『突然』現れた。そこの主任殿いわく、コード5とやらが発令されたせいで全出入り口が完全ロック。俺たちはめでたくここに閉じ込められたというわけだ」
「じゃ、じゃあ、ヴェルデ基地に連絡して、」
「言われるまでもない。すでに連絡済だ。この状況から、一般地上部隊だけでは手に余る可能性もあると考え、特殊飛行部からも一隊派遣されることになった。最悪の場合、空からここを焼き払う。――さて、ここまで噛み砕いて言えば、どういう事態かそちらの方々にもお分かりいただけるだろうか」

 冷ややかにそう言いつつ、ハルナは余った長椅子に浅く腰かける。
 いっそ怒鳴ってくれと叫びたくなるほどの気迫に、主任を初めとする職員たちがじりじりと追い詰められていくのがゼロの目にも分かった。

「時間がない。端的に訊いていくから、正確に答えていただきたい。感染者は、もともとこの研究所内にいたものだな?」
「あ、ああ……」
「どこにいた?」
「ほ、保管室に。かっ、完全に隔離されていたんだ……。それが、事故で! 循環システムの不調で点検に入ったときに、コードがっ」
「答えてくれるのはありがたいが、俺はまだ質問していない。お前の今の仕事は、訊かれたことに正確に答えることだ。分かったか?」

 壊れた人形のように何度も頷く主任に、ハルナは物騒極まりない眼差しを向けていた。
 正確無比に空を飛び、ときにはありえないと評されるほどの飛び方をしてみせるエースパイロット。生真面目で、堅物で、まさに軍人の鑑のような人物なのに、プライベートではどこか天然で。
 今目の前にいる男は、ゼロが今まで見てきたどのハルナの顔とも違っていた。
 いっそ冷酷とも言える声音で、絶対王者が命令を下す。

「答えろ。――ここでは、非合法の人体実験を行っていたのか?」
「ちっ、違う! 規定通り隔離対象者を保管していただけだ! 先日キーファー研究所から輸送されてきた奴らだ! そのときはまだレベルDの初期段階だった!」
「俺の記憶が確かなら、この施設では感染者の受け入れはまだ許可されていないはずだ」
「それは……」
「秘密裏に違法な実験でも行っていたんじゃないのか?」
「違う! 本当だ! 疑うならすべてのデータを開示する! なんでも調べてくれていいっ、だから助けてくれ!」

 唾を飛ばしながら必死に懇願する男が嘘を吐いているようには見えなかったが、ゼロやワカバが口を挟めるような状態ではない。
 怯える職員たちを前に、ハルナは一つ溜息を吐いて頭を振った。

「収容していた感染者の数は」
「は、八体……」
「今日この研究所に来ていた職員の人数は?」
「……十六人だ」

 咄嗟に会議室に集まった人数を数えたが、十三人までしか確認できなかった。それはワカバやハルナも同じだったらしい。
 ここに避難できたのは十三人だけで、あとの三人はまだ外をさまよっていることになる。伺うようにハルナを見たが、彼は眉間に皺を刻んだまま小さく舌を打った。


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